第19話
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現場に到着したのは数分後だった。
王国西部近辺に広がる草原地帯の真っ只中、彼らは見つかった。
遠目でよく見えないが、幌付きの馬車とそれを守るように囲む人たち。更に彼らを囲むように、二十匹以上の獣が跋扈している。
ときおり、私の目にもわかる魔力の輝きがチカチカする。魔法使いがいる——つまりは、貴族がいるということだ。
ただし光を放つ数はひとりだけ。その他の者は剣や槍のような近接武器を構えている。おそらく護衛だろう。
既に周囲には三、四匹の獣が黒焦げになって倒れている——炎魔法か。
私は密かに感心する。貴族は大半が魔法使いだが、実戦でそれを使いこなせる者は多くない。きちんと修練を積んだ証だった。
『ふむ、一方的に獣に嬲られてはいないようだが……人数的には厳しいか。どうする、予定通り助けに入るか?』
ナルカミが私の横で囁く。
迷うところだった。貴族がいるということは、私の抱えるリスクも増大する。なにせ私は曲がりなりにも元侯爵家の令嬢だ。顔を知られている可能性は非常に高い。
そうして悩む間にも、獣は馬車の包囲を狭めていく。
どうする、どうする——?
否、行くしかない。そのために私はここに来たのだから。それが私の矜持だと、契約者であるナルカミに宣誓しているのだ。
だから、足を踏み出す。
その瞬間に、馬車を守る人々の中心から、よく通る大きな声が聞こえてきた。
「怯むな! 背後を守る仲間たちのためにも、領地の民のためにも、あたしたちはこんなところで倒れるわけにはいかないよ!」
声を発したのは、おそらく貴族。
戦いの場では珍しい女性の声だ。
人と獣の影から、わずかに姿が覗く。
懐かしさを覚える、燃え上がるような赤毛のポニーテール。溌剌とした出で立ち……それを認識した途端に、私はそれまでの逡巡を忘れて獣の群れに突貫していた。
『おい、アリア!?』
背中からナルカミの声が届くけれども、私は一瞬たりとも止まらない。
脳のスイッチを切り替えて、魔導師の思考に変える。魔力を全身に巡らせると、踏み出す脚力が倍増して流れる景色が後方に吹っ飛んでいった。
魔力による加速と、極度の集中状態だ。
両手に宿らせるのは、鍛え抜いた黄金の雷。帯電した空気が震え、青臭いオゾン臭が強烈に匂う。
今回ばかりは、手加減なしだった。
手始めに勢いのまま獣の群れのど真ん中に突っ込んで、手当たり次第に放電する。間違っても人間側に雷が飛ばないように、力の方向についてはなるべく外側は向けた。
閃光に貫かれた獣が吹き飛ぶのを横目に見ながら、私はそのまま馬車側へ駆け抜ける。
ゆっくりと動く視界の中、馬車の紋章を確認する。
見覚えのある貴族紋章——王国の古き忠臣、ボロス家の物。
そして紋章が刻まれた馬車の脇には、炎を操る呪文を唱えていた彼女が目を丸くしている姿となって目に飛び込んできた。
サリィ・ボロス——私の親友。
今回の旅路の目的。
護衛が作っていた防衛線を、獣の一匹がすり抜ける。その獣はちょうどサリィの後ろ側から飛びかかろうと跳躍した。
護衛が慌てるが間に合わない。サリィはまだ気づいていない——私は魔力の出力を最大にして、最高速度で疾駆した。
空気を電流が切り裂き、落雷のごとき轟音が鳴る。そして、今まさにサリィの首筋に喰らいつこうとした獣を、金色に輝く拳でぶん殴った。
間一髪——サリィの頭上で、私の拳が獣に突き刺さり、ものすごい勢いで吹き飛んだ。状況に気づいたサリィが頭上の獣に体をすくめる。
私は彼女の前に降り立つと、背後に庇うように立った。
受けた流風で被っていたローブのフードが脱げる。私の蜂蜜色の髪が草原の風に揺れた。
フードは脱げたまま被り直さない。元より彼女相手に姿を隠すつもりはなかった。
「ちょっと、一体どこの誰が……あ、貴女アリアなの!?」
サリィは突然現れた私に、戸惑いの声を上げる。
当然だろう。二年も前に死んだ友人がいきなり目の前に出てきたら何事かと思ってしまう。
けれども、懐かしさと友情を温めている暇はなかった。獣どもはまだ半数以上が残っている。私が多少薙ぎ払ったところで、事態はまだ好転していない。
「答えてよ、アリアなんでしょ!? 貴女死んだんじゃなかったの!? それに何なの今の光は!」
「サリィ、ごめん。話は後よ。私の情けない言い訳をさせてもらうためにも、まずはこの獣たちを片付けないと」
「そうだよ、なんでこんな事態に首突っ込んできたの! 逃げなよ、あたしを友人殺しにさせるつもりなの!?」
呪文で浮かび上がった炎を片手に、サリィが目尻を吊り上げる。
相変わらず優しい子だ。
彼女の家は、子爵家から男爵家に降爵したとアホ王子が言っていた。
私のせいだ。私を庇ったせいで、王家の不興を買って位を理不尽に落とされてしまった。
だというのに、文句を言うどころか私に気遣っている。サリィには私を嫌う理由があるというのに。
だからこそ、守る。
決してサリィを傷つけさせない。
そのための力が、今の私にはあるんだ。
「お嬢さま、獣がより集まってきています!」
使用人らしき人が、サリィに声を上げる。
見れば、先ほどから更に獣が集まりつつある。累計で五十はいそうな、王都近辺では稀に見る大群だった。
「はやく逃げて、アリア! ここはあたしたちが何とかするから!」
叫ぶサリィに私は首を横に振る。そして、ようやく追いついてきたナルカミに状況を確認した。
「これで全部? 他に隠れていたり、あるいは操っているような奴はなしでいいかしら」
『ああ、これが群れの総力だ。しかしなアリア、いきなり馬車へ向かって飛び出すとは何事かと思ったぞ』
「仕方ないでしょう。彼女を失ってしまったら、私が地上に降りてきた意味がなくなってしまうわ」
ナルカミはサリィを見て頷いた。私の言っている意味を悟ったのだろう。
「あ、アリア? 何と話してるの!? はやく逃げて!」
そして、ナルカミが見えていないサリィには何がなんだかわからない。
私は練り上げた魔力を右手に集めて発現させる。
私の気持ちが昂っているのか、普段よりも強い力だった。両目の奥が熱くなってしまうのを制御する。
「サリィ、説明は全部後でするわ。今は何も言わずに、全員を地面に伏せさせて。それでなんとかするから」
私が告げると、サリィは本当に何も言わずに護衛たちに指示を出してくれた。
「あーもう、わかったよ! 絶対後で話聞くからね!? 全員、ただちに地面に伏せなさい! 命令よ!」
主家のお嬢さまから放たれた、意味のわからない指示。
しかし、流石はボロス家の護衛。どれほど意味がわからずとも発された命令には即座に従うように、入念に訓練されていた。
サリィと護衛たちが、身を投げ出すように地面に伏せる。全員がしっかりと範囲外になったのを確認してから、ナルカミに宣告する。
「薙ぎ払うわ。残数三十」
『妥当だな、思う存分やるといい』
ナルカミの許可も出た。
ここからは魔導師としての時間だ。
右手から帯電させた雷を触媒に、大電力を渦にして蓄える。
万一でも誤射を避けるために、空気中に雷の通り道をしっかりと確保。
獣たちは、瞬く間に死地と化した草原の雰囲気に呑まれている。
所詮、獣は獣——どれだけ数が集まろうとも、大自然の脅威に抗えはしない。
全ての発現を充分に確認した上で、私は最後の工程に点火した。
耳をつんざく轟音が草原に響く。おそらく王都まで届いたに違いない。
私の手から発せられた雷光は、鞭のようにしなりながらも、狙い通りに獣の群れへと直撃した。
『相変わらず、出力だけであれば我にも届きそうなものだ。ほれ、終わったぞ』
ナルカミが感心している。
改めて目前を見れば、獣たちは一匹残らず吹き飛ばされていた。
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