第18話

▪️▪️▪️

 そうと決まれば話は早かった。

 翌日、まだ陽が登らない内に目を覚ますと手早く出立準備を済ます。

 朝食をいただいて宿を離れる。私たちは王都までの旅支度をしっかりと整える必要があった。


 最低限の荷物は鞄に持ち歩いている。

 衣服、古びた地図、なけなしの路銀、そして多少の保存食。

 これだけでも王都へ向かえないわけではないけれど、不安は潰しておいた方がいいだろう。


 私たちは朝市を開催されている広場へ進む。地方都市の現状から朝市も若干寂れているものの、それでも旅支度には充分の販売が行われていた。

 私はひとまず一周巡って食料品の価格をチェックする。

 王都までの旅程は徒歩でおよそ二週間。生モノなどは除外され、保存食を中心に見る必要がある。


 そういえば、私は魔力の発現によって少量であれば水を出せるため、飲料水の確保はそこまで重要度が高くない。全くいらないわけではないが、通常の旅よりもはるかに楽だ。重い水を持ち歩かなくて良いのは、きちんと修練を積んできたおまけのような特典としては地味に嬉しかった。


 朝市では乾燥させた野菜や果実のような保存食をいくつかと、汚れても良さそうな旅装束、そしてローブを購入する。ただでさえ少ない路銀が更に減ったが、ここはケチるところではないはずだ。


『もう少し金を持ってくれば良かったか。いや、売れる物を持ってくるべきだったか』

「仕方ないわ。ここまで複雑な事態に巻き込まれるとは思ってなかったもの。サリィに会ってとっとと戻るつもりだったんだから」


 私は小声でナルカミとやり取りしながらも、物資をひと通り鞄に収める。忘れ物がないことを確認すると、ローブを纏いゆっくりと立ち上がった。


 王都までは徒歩予定だ。寄り合い馬車などは素性のリスクを考えると利用できない。ナルカミは他人に見えないため見かけ上は女一人旅だが、魔導師と成った今であれば危険は少ない。

「じゃ、王都へ行きましょうか。一体どうなっていることやら」

『うむ、鬼が出るか蛇が出るか。何にせよ、我がいる限り余程のことがなければお前は自由だアリア。思うままに征くがいい』

 大袈裟なナルカミに肩をすくめると、街門へと向かう。

 街を出る際に門番がやたら私の顔をジロジロと見ていたけど、女の一人旅はそれほどに珍しいのだ。


 地方都市を出た私たちは、地図を確認しつつも王都を目指す。単に真っ直ぐ目指すのもいいが、せっかく地上に降りたのだからと色々な場所を確認しながら旅路を歩んだ。

 この世界の旅は前世の日本の移動とは比べ物にならないほどゆっくりだ。道といっても舗装などはされておらず、単に草木がかき分けられているだけの場合が多い。馬車であっても一日に進める距離は決して長くない。


 魔導師である私と龍のナルカミは徒歩といってもかなりスムーズな道程だ。

 まず、多少の獣はナルカミの気配を恐れて寄ってこない。手乗りサイズになっても、野生の本能は誤魔化せないようだ。

 次に、私が魔導師として成長しつつあること。飲料水に限らず、細々としたトラブルは大抵魔力で解決できた。あまりにも便利に力を発現させていたからか、ナルカミにも呆れられたほどだ。

 最後に、この二年で私自身がかなり体が鍛えられていたこと。魔力の発現と合わせて体のトレーニングもしていたが、それが私の体力を底上げしていた。魔力での身体能力強化も加わり、並の男性よりも体力がある。


 こういった理由から、常人の倍ほどのペースで王都へぐんぐん近づいている。これは馬車の移動よりも若干遅いくらいの速度で、生身の人間が進む距離としては異常だった。

 そして、異常がもうひとつ。

 王都に近づくにつれて、徐々に旅の様子が変わっていったのだ。


 最初は獣に狙われることが少し増えたなと感じる程度だった。

 その都度、軽い雷で痺れさせたため大事はなかったけれども、ナルカミの気配を感じ取れないはずがない。なぜ襲われたのかと首を傾げていた。そういうこともあるか、と勝手に納得していた。


 次第に王都付近の町になると、そんな呑気なことも言っていられなくなった。ナルカミも驚くほどに多数の獣に襲われ始めたのだ。

 地方都市の近郊では、野生の獣など一日に一、二度見かけるくらいだったのに、王都付近ではなんと日に五度も襲われた。それも一匹、二匹の話ではなく、一度に五匹以上の群れをつくっていることも少なくなかった。


 これは地方都市まで商人が巡業できないわけだと納得した。いくらなんでも獣が多すぎる。私とナルカミだからこそ獣の襲撃もいなしているが、戦闘能力のない人間では抵抗は難しい。

 護衛などを雇うのも手だが、これほどの獣の数を前提にするならば、それなりの人数とお金が必要だ。それでも商売が成功するとは限らない。あまりにリスクが高すぎる。


『……何が原因でここまで獣が増えている? まさか偶然ではないだろう』

「私がわかるわけないじゃない。でもそうね、守護竜の加護を得られなかったのも影響しているのかしら……あら?」


 王都はもう間近の距離だった。

 今日明日にでも辿り着けそうな位置に野宿用のテントを張っている。

 その脇で火を焚きながら、昼食用に狩りで手に入れた鳥を捌いていたときのことだ。

 ナイフを持つ手を動かしながらナルカミと異変について話し合っていると、不意に遠方から人の声が聞こえてきた。

 叫ぶような声に続いて、獣の咆哮と人間の怒号が届く。

 そして、悲鳴——獣と、人間のもの。


 私は思わずナルカミを見た。

 どう考えても厄介事だ。


『何者かが獣に襲われているか。アリア、どうする?』

 私は一瞬悩んだが、首を振ってナルカミに告げた。

「とりあえず、行くわ。もし苦戦しているのなら、見捨てるわけにはいかないもの」

『襲われているのがお前の嫌いな王国の貴族であっても、か?』

「当然よ。それが私の矜持なのだから」

 ナルカミはにやりと笑うと、それ以上は何も言わなかった。

 私は彼に頷くと、テントはそのままに戦闘の心構えに切り替えながら声の方向へと走った。

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