第21話

▪️▪️▪️

 あの後、私たちはサリィに促されて王都に存在するボロス男爵家の屋敷に来ていた。

 途中、ナルカミが姿を見せぬまま紅茶を欲しがって大騒ぎになったり、王都門番に私の顔を不審がられたりと若干のトラブルはあったものの、概ね順調にここまでたどり着いてきていた。


 そして、今。

 私は応接間の床に膝をついて、深々とサリィに頭を下げている。

 いわゆる日本スタイルでいう土下座だった。


「ちょっとー、アリア。何してんの、やめてよー」

 困惑したサリィが私を止めようとする。けれども、私は絶対に頭を上げなかった。


 ボロス男爵家——そう、男爵家だ。

 私が知り合ったころのサリィは、ボロス家は子爵家だった。

 王国の要たるボロス家が降爵されたのは、何を隠そう私が原因だ。

 私がアホ王子に捕縛されたことに意を唱えて、不敬罪の一環として理不尽に罰を受けたのだ。


 加えて、そんな事情を知りながら、私はこれまでサリィの元を尋ねなかった。

 狙われていた可能性とか、死んだことになっていたとか、色々理由はある。けれども、私がサリィとボロス家を踏みにじる要因になってしまったことに誤魔化しは効かなかった。


 何より、私自身が許せない。

 親友である彼女を顧みることができなかったのだから。


「アリアー、ウチが降爵されたのはあのバカ王子が悪いんだから、貴女が気にすることじゃないんだよ。頭下げられてもあたしが困っちゃうよ」

 貴族としては砕けた言葉遣いで、あっけらかんとサリィが言う。

 それは、貴族学園時代と変わらない態度だった。——私が原因で家が不当に処分を受けたというのに。


 本当に、変わらない。

 腫れ物扱いだったころの私に、面白そうだからと声をかけてきたときと。


 私は変わらない彼女に泣きそうになりながらも、絞り出すように言葉を吐いた。

 ——これは、けじめなんだ。

 彼女の親友であると、私が誇りを持って告げられるようになるための。

 そのために、サリィに嫌われて金輪際関わりがなくなってしまったとしても。


「……そうは思わないわ。私さえいなければ、貴女の家は男爵家にはならなかった。それは揺るぎない事実よ」

「相変わらず堅いなー。別にあたしも父様も母様も気にしてないってば。むしろよくやったって褒められたんだよ? このところ王家の動きはちょっと普通じゃないからね」

「そうだとしても。貴女には私を責める権利がある。……そのためにわざわざここまで来たのよ」


 頭を下げつつも、周囲を観察する。

 貴族らしい調度品も、以前に訪問したときよりも状態が悪くなっている。

 先ほど獣に襲われたのも、領地と王都の流通の確認で行き来していた際に出会したらしい。とても貴族令嬢が行う仕事ではない。

 現在のボロス家の苦境を思い知れた。


「本当に——ごめんなさい。貴女には謝っても謝りきれない」


 サリィは何も言わなくなった。

 しばらくの間、応接間に無言の時が過ぎていく。

 このときばかりは、ナルカミも黙って私を見守ってくれていた。


「……ねえ、アリア。本当はさ、あたしも貴女にずっと言いたいことがあったんだ」

 ふと、幾ばくかの時間が経つと、ぽつりとひとり言のようにサリィが口を開いた。

 頭を床に擦りつけた私の肩にそっと触れると、私の体を引き起こす。

 触れた優しさに比べて、かなり強い力だ。サリィは文武両道——今でも魔法使いとしての修練を欠かしていないのだろう。

「ねえ、よく顔を見せてよ。もう二度と見れないと思ってたんだよ……。死んだって聞かされたとき、死ぬほど後悔した。降爵なんて無視してでも、あのバカ王子から貴女を救い出すべきだったって何度も何度も」


 頼ってくれって言ったのに。

 いざとなったらほとんど何もできなかったのだとサリィは告げた。


「死にたくなるほど自己嫌悪した。あたしは自分が驕ってたんだ、って貴女が死ぬまで気づけなかった。貴女が関わらなくて済むようにあたしを遠ざけてくれていたのに、あたしは首を突っ込んだ挙句に貴女を傷つけたんだ」

「サリィ……そんなことは」

「そんなことあるよ。そうして全てがあたしの手からこぼれ落ちたときに、もう何も失いたくないって思った。だから今は色々やってるんだ……領地と王都を行き来してるのもそのひとつ。貴族令嬢っぽくないけど、父様も母様も理解してくれてる」


 サリィは顔を合わせた私を強く抱きしめる。まるで、そこにいることを確かめるような抱擁だった。


「またアリアに助けられたね。魔法、使えるようになったんだよね、格好良かったよ。ありがとう。——力になれなくてごめんね」


 サリィの言葉に、私の感情が洪水のように溢れて決壊しそうになる。

 必死にこらえる——私にそんな資格はない。ここには断罪されるために来たんだから。


「……私。絶対にサリィに嫌われたと思った。家にまで迷惑をかけて、会うこともできずにいなくなって。貴女に憎まれても仕方ないって思ってた」

「そんなことないよー……。あたしがアリアを嫌いになるわけないじゃん」

「だって、だって……! 生きてるって連絡すらしなかったのよ!? 今回王都に来たのだって、機会がなければ絶対に来なかった! 地方都市でもうじうじ悩んで、どこかに来ない理由がないかを探してた! 怖かったのよ、貴女に面と向かって嫌われるのが!」

「…………」

「魔導師になったって、魔力が使えるようになったからって、私は何も変わってないのかと絶望しかけてた!」

「でも、助けてくれたでしょ? あたしの知ってるアリアはいつもそうなんだ。魔法なんて使えなくたって、大切なときは駆けつけてくれるんだ。それがあたしの自慢の親友なんだよ」

「————っ!」


 ダメだった。

 一度想いが溢れてしまうと、堰を切ったように涙が止まらなくなる。

 滲んだ視界に、燃えるような赤毛が映る。どんなに遠くからでもわかる、サリィ・ボロスのトレードマーク。

 ——獣の群れに遮二無二突っ込む勇気を与えてくれた、親友の髪。


 この赤毛の親友だからこそ、私はぎりぎりで間に合ったんだ。


 一度離れて目を合わせる。優し気な彼女の綺麗な瞳に、私の黄金瞳が反射していた。

 今度こそ私は耐えられなかった。

「サリィ、……サリィ! ごめんなさい、ごめんなさい! ……うわぁぁぁぁぁぉぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

「うん、うん。あたしこそごめんねぇ、アリア。……生きててくれてよかったよ。こんなに嬉しい日はないよ」


 みっともない泣き声が応接間に響き渡る。なんとか泣き止もうとしても、一向に涙が止む気配はない。

 再び力強く抱きしめられて、サリィの胸に顔を埋める。

 私も彼女の背に手を回した。


 テーブルに用意された紅茶は既に冷めきっている。

 けれども、私の胸は暖かさに満ち溢れていた。

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