第4話

▪️▪️▪️

 さまざまなことを試行錯誤しつつも、なかなか思う結果が出ずに五年が経過した。

 結局のところ、侯爵家の財政問題は解消できずに王家から婚約の打診が来てしまった。

 父から呼び出された私は嫌々ながらに執務室に向かう。

 当たり前だが、私に拒否権などないだろう。むしろ父からすれば出来損ないを引き取らせて王家と繋がれるとすればメリットしか感じないに違いない。


 執務室の扉を開けると、そこには珍しく父だけではなく母も同席していた。

 しかつめらしい顔の父と、私を蔑むように口を歪めた母——どちらも私の実の両親のはずなのに、愛情はかけらも感じ取れない。

「貴様の婚約が決まった。ありがたいことに、王家からアルバート殿下との婚約の打診を受けている。こちらに断る理由はない。貴様のような出来損ないにできることはないだろうが、せいぜい王家と我がロッゾ侯爵家に尽くすがいい」

 眉ひとつ動かさない父が、何の感情も込めずに私に告げる。

 隣の母が心底おかしそうに後に続いた。

「貴方の役目は、なんとしてもアルバート殿下を繋ぎ止めることよ。その下品な体でも何でも使って、せいぜい殿下を誑かしなさい。貴方なら得意でしょう?」

 吐き捨てる母の言葉は、とても娘に告げるようなものではない。けれども私は傷つくどころか、なんだかおかしくなってしまった。


 私がアリアとして生まれて十年経ったが、精神的に虐げられている現状からは信じられないほど、体の方はすくすくと成長していた。

 手足はすらりと伸びてきて、体つきも女性らしい曲線を帯びてきている。特に胸の辺りに関しては、十歳にしてかなりの凹凸を誇っている。

 私は貴族としての礼法をきちんと学んでいるため、姿勢も良くなっている。女性から見ても憧れる、抜群のプロポーションが形成されつつあった。

 たぶん悪役の女性としての迫力を持たせるためのキャラクターデザインだったのだろう。

 私がアリアとして生まれて享受した、数少ない利点と言える。正直に言うと、前世では全くなかった肩こりを感じ始めたとき、その理由に思い至って狂喜乱舞したものだ。


 そんなわけで、このプロポーションを母に詰られたからといって傷つくようなことはない。むしろ前世の私の嫉妬と同じものを感じ取れ、面白くなってきてしまう。

 もちろん、王子に色仕掛けを仕掛けたりするつもりもないが。

 この場面で笑い転げるわけにもいかないため、カーテシーで顔を伏せてなんとか顔を見られるのを防いだ。


 執務室を辞して自室に帰ること数分後。お腹の痙攣も収まってきていたころ、今更ながらに両親に言われた話を反芻して、ため息をつく。

 婚約自体を防ぐことはできなかった。そうすると次に考える必要があるのは、婚約者であるアルバート王子との関係だ。

 原作ではアリアはアルバート王子に忌み嫌われていた。無能なくせに高慢に振る舞うアリアは、王子として教育を受けた殿下からすると見るに耐えないものだったに違いない。確かに原作のアリアはとても褒められた性格ではなかったのだ。

 しかし、私は違う。

 私はアリアとして生きながらも、教育に関しては高水準でこなしている。魔法こそ才能に恵まれなかったが、それ以外に関しては精神年齢も相まって高位貴族と比べて遜色ないと誇りを持っている。

 ならばアルバート王子と良好な関係を築けば、婚約破棄を免られるのではないだろうか。


 だが、そうなるには問題がある。

 これは私はではなく、王子側の問題なのだ——


「おい、お前! 魔法も使えない無能なくせに、僕と婚約なんてできると思ってるのか!」

「お前みたいな無能が僕と対等だと思うなよ! 僕は王子なんだ!」

「無能なお前は何もするな! 僕が言うことには全部『はい』と答えるんだ!」


「はい、殿下。承知しております」

 私は完璧なカーテシーを披露しながら、目の前のクソガキ——いや、アルバート王子に礼を尽くす。

 今日は婚約後の初顔合わせの日だ。私と王子が顔を合わせてから第一声から続けざまに放たれた言葉だった。


 そう、このアルバート王子……とんでもないクソガキなのだ。

 王家の教育は帝王学の一種だ。王はときに傲慢に判断しなければならない——そういった教育をアルバート王子は歪めて理解しており、とある出来事で心を入れ替えるまでは傲慢な貴族そのものの性格なのだ。


 そのとある出来事こそが、原作主人公であるミライラ・ロラ男爵令嬢との出会いなのだけれど。


 つまり、殿下との関係性を良くしようと思えば、このクソガキ状態の彼と仲良くしないといけないわけだ。

 とんでもないストレスである。

 原作のアリアは愛に飢えていたが故に彼に執着したけれども、今の前世の記憶を取り戻した私はそうではない。

 前世の精神年齢分を差っ引いても、このような人間と親しくしたいと思えないのがジレンマだった。


 殿下は私と同じく十歳だ。

 年齢のわりに発育が良い私よりも、更に頭ひとつぶん背が高い。王族特有の金色の髪に碧眼は、黙ってさえいれば外見は非常に優れている。

 甘い顔つきはまさに王子さまといった風貌で、ちょっと微笑むだけでその辺の貴族令嬢くらいならコロッと落とせるに違いない。しかし今の彼は、美しい顔を嫌悪感丸出しの表情に歪めて私を嘲っている。——これで貴族との折衝ができるのだろうか。

 王家の教育係には頑張っていただきたいものだ。

「おい、何を黙っているんだ! 僕をもっと楽しませろ!」

 何も言わない私に痺れを切らしたアルバート王子がわめく。

 ほんとどういう教育してんだよと漏らしてしまいそうになるのを堪えながら、私はクソガキに話を合わせて他愛ない雑談を繰り広げる。内心では一刻も早く時間が過ぎ去ることを望んでいた。


 当然と言ってはなんだが、私と殿下の仲が深まるはずはない。

 顔合わせ以降、私と殿下は半ば強制的に幾度となく逢瀬を重ねたが、やはり愛情などは芽生えなかった。


 そうこうしている間にも、貴族学園の入学が近づいてきている。徐々に迫るタイムリミットと、一向に上手くいかない原作改変に、私は焦りつつあった。

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