第5話
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更に五年の月日が経過し、ついに貴族学園に入学のときが来た。
今はアルバート王子が在学生と新入生な対して、なんとも無難な内容の答辞を読み上げている。
入学前の試験については、魔法の成績こそ振るわないものの、座学に関しては一位だった。なぜ知っているのかといえば、同時に入学するアルバート王子が試験後にロッゾ家を訪問した際、嫌味ったらしく告げられたからだ。
王子ともなれば、貴族学園で首位にあり続けることはもはや義務だ。そこいらの貴族よりも成績が悪ければ、王になったときの統治に問題が出てしまう。更に言うと、主席になった者は入学式の答辞もこなさなければならない。そういった理由から王族には前もって成績がわかるのだと自慢していた。
魔法を含めた総合成績は一位で答辞もアルバート王子になったんだからいいじゃないかと思ったが、座学だけでも私に上回られたのが心底気に入らなかったようで、ねちねちと絡まれたものだ。ただでさえ低空飛行状態だった王子への好感度がますますドン底まで落ちてしまうには充分だった。
本当は婚約破棄を避けて原作改変を求めるなら、王子と仲良くした方が良いのは頭では理解している。けれども人間の感情というのは厄介なもので、私がアルバート王子に好感情を持つのはかなり無理があった。
私は当たり障りのない内容の話を半分聞き流しつつも、横目で周囲を探る。
おそらくいるはずだ。これから先、私に大きな影響を与える彼女の姿が——
いた。
男爵家令嬢のため、講堂の中心に近い私よりもかなり外れた位置に立っていた。
前世ではあり得なかった、桃色の髪と瞳が特徴的な、小柄で可愛らしい、私とは対照的な印象の女の子。
ミライラ・ロラ男爵令嬢。
この世界——『竜の国の物語』の主人公だ。
私は複雑な思いで彼女を見る。
大好きだったWEB小説の主人公。
今は私の未来を脅かす原因となるかもしれない相手。
憧れの不安が入り混じったような、たとえようのない感情が私の胸を渦巻いていた。
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入学からはや一年が経過した。
アルバート王子との仲は特に変わりない。……つまりは絶賛氷河期と言っていい関係性だ。
一応婚約者なので全く関わらないわけではない。お互い義務感にかられてちょくちょく顔は合わせているが、そのたびに険悪な雰囲気に陥っている。
私もこの頃になるともはやアルバート王子との関係面で未来を変えようと思ってはいなかったと思う。
そういえば、アルバート王子とミライラ男爵令嬢は無事原作通りに邂逅を果たした。
二人が出会うのは学園内の中庭だ。下級貴族がゆえに学園に馴染みきれず、ひとりで佇むミライラ男爵令嬢に王子が気づくのが物語の始まり。
完璧な原作と同一のシーンに、自身の状況も忘れて不覚にも感動してしまった。だから私は二人の接近に気づきながらも、一切の妨害をしなかった。
おかげといっていいのか、王子の性格はミライラ嬢に影響されて、ほんの少しだけ傲慢さが取れて丸くなっていた。
ただそれはあくまで以前と比べればの話。
原作に描かれていた完璧な王子とは程遠く、事態は好転していないのに私の与えた影響は如実に現れているのを実感して辟易してしまう。
私はこれ以上ややこしい状況になるのを避けるために、ミライラ男爵令嬢には関与しないことを決めた。
私は別に王子と添い遂げたいわけでも、王妃になりたいわけでもないのだ。むしろ王子とは可能なら穏便に婚約を解消したいし、王妃教育は辛いだけで進んでやりたいものでもない。
「ねーえ、どうしたのアリア。なんか難しい考えごと?」
「あら、サリィ。何でもないわ」
思考に沈んでいた私に、ひとりの少女が声をかけてきた。
燃え上がるような赤毛のポニーテールが特徴的な、見るからに溌剌さが伝わってくる子だ。
サリィ・ボロス子爵家令嬢。——なんと、この貴族学園で私にできた友人である。
家族から冷遇されていても一応は侯爵令嬢である私は、周囲から腫れ物扱いされているのを自覚していた。
魔法の才能はゼロで、貴族としての能力は下の下。けれども座学の成績はやたら良く、貴族位は上から数えた方が早い。
私自身から見ても触れたくないくらいの爆弾だ。
けれども、そんな私に物怖じせずに声をかけてきたのがサリィだった。
性格もまるで異なる私たちはなんだか気が合い、一年経った今では親友と呼べるほどの仲になっていた。
ちなみに彼女は魔法も座学も優秀で、下位貴族ながら王家にも注目されている令嬢だ。そんな人物が何故私に声をかけてきたのか?
「だってなんか貴女、他の人より面白そうだったんだもの」
これである。
彼女は有能ながら、面白い選択肢を取らずにはいられないという悪癖を持つ変わり者なのだった。
「で、今は何を考えてたのアリア? また殿下のこと? それとも殿下の周りをうろちょろしてるあの子のこと?」
「全部よ。私もこのままで良いと思ってるわけじゃないのよ。情のない政略結婚だからと言って……いえ、政略結婚だからこそ、王命がないがしろになりつつある現状は見過ごせないわ」
「でも、そう思ってるのはアリアだけで、殿下もあの子もなーんも考えてないよ? 板挟みで苦しんでるアリアを見ないフリして、二人で堂々と乳繰り合ってるだけ。あたし、そういうのは嫌いだわ」
「口を慎みなさい、不敬罪に問われるわよ」
「でもさー」
「いいのよ。成果はあまりないけど、私も何もしていないわけじゃないわ。少なくとも王妃陛下には教育時に 報告済みよ。王家としても殿下の状態を好ましく思ってはいないわ」
「そうは言っても、全部アリアの我慢ありきでしょ? 魔法を使えないアリアに無理をさせてる。あたしはそういうのあんまり好きくない」
「わがまま言わないの。国を守る貴族であれば、そういう場合もあるわ」
「アリアはそんな義務に従わなくていいんだ。あたしみたいな魔法しか能のない奴がやればいいのに」
「魔法しかないなんて、貴女は座学も優秀でしょうサリィ」
「アリアに比べたら能なしだよ。そんなアリアがこんな苦しみ方するなんて許せない。あたしは知ってるよ、貴女がときおりつらそうな顔をしてること」
「————っ!」
気軽そうでいて鋭い親友の視線に、私は何も言えず閉口する。
本当のタイムリミットが近づきつつある。間に合わなければ私は全てを失い追放される。
わかっていても、いやわかっているからこそ恐怖があった。
ここ最近は失敗したときの夢を見てうなされることも少なくない。私は真綿で首を絞められるようにゆっくりと、しかし確実に追い詰められつつあった。
「あたしは、アリアの事情は知らないけど……最近の貴女は見てられないんだ。だから助けたい。アリアにしたらあたしはただの下位貴族かもしれないけど、あたしは友達だと思ってるから」
「……私も貴女を親友だと思ってるわ。けど……ごめんなさい」
悲しそうな目で見るサリィに、私は思わず顔を伏せる。
この世界で唯一の私の味方——サリィだけは、なんとしても私のいざこざに巻き込みたくなかった。
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