第14話
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第四段階、己の魔力に合わせて瞬時に調整できるようになること。
実はこれに関しては意外に苦戦することなく、すんなりとナルカミから合格点をもらった。
なんでも私は魔力が使えなかったわりには非常にコントロールに優れている、とナルカミに評価されている。
通常はこういった状況はあまり起こらないようだが、私の場合は使えないなりに魔法詠唱の訓練を積んでいたのが功を奏したようだ。
比較的大きな魔力を持つ私は、精密なコントロールが可能になると、できることの幅が一気に増大した。
目覚めるきっかけとなった魔力による物体操作はもちろん、軽く火をつけたり水を生み出して流したりするくらいならお手のものだ。
普通はこのレベルに達するまで十年はかかるらしい。気長に構えていたが、早めに使えるようになったのはナルカミに感謝しかない。
しかし、魔導師の卵としての道を歩み始めた私に、新たな壁が立ちはだかっていた。
それは、自身の魔力の性質——私で言えば、黄金瞳由来の雷属性の発現がなかなかできていないことだ。
雷——神の怒りとも例えられる、大自然の脅威の力。
それこそが私の本当の魔力だとナルカミは言った。
そして私もナルカミ自身が雷を自由に操るのを幾度となく目にしている。
しかし、私はこの雷属性を上手く扱うことがいまだできていなかった。
極小さな電流を発生させるのはなんとか可能なのだが、それを操ったり落雷を起こしたりというナルカミの領域には遠く及ばない。
無論、ただの人間である私が雷龍であるナルカミと同等の力を発揮できるとは考えていない。けれども、魔力量から考えれば、もっと大規模な雷を使えてもおかしくないというのに、なかなか望んだ形で発現しないのだ。
今の私にできる範囲は、せいぜい冬場のドアノブを触ったときにバチっと喰らってしまう静電気くらいのものだ。
実は魔法においては雷属性というものは存在しない。扱える者がいないというわけではなく、詠唱そのものが存在しないのだ。
だから、雷属性を発現するには魔導師として魔力を行使するしかない。それがどうにも上手くいかなかった。
『魔導師の力の発現とは、発想とイメージ、そして魔力制御だ。どういった力を発現させるのか、きちんと筋道が立っていなければ魔力も発現しようがない。アリアを見るに、発現させたい力がどこか漠然としているように見えるな』
イメージが漠然としている、か……。
言われてみれば、確かにそういう気配はある。実際、今は魔力が雷属性だからそれを発現させようと思っているだけなのだ。具体的にどんな現象を引き起こそうとしているのか、いまいちピンと来ていないのは実感している。
一応頭にあるのは、ナルカミが私を助けてくれたときの白雷だが、初心者が目指すには少し荷が重い気がしないでもない。
『心当たりがあるようだな。まあ、よく考えてみるとよい。魔導師とは、どんな力を行使するかを思考するのも含めて一人前なのだからな』
「……そうね。ちょっとゆっくり考えてみるわ。ちなみに、ナルカミから見てのアドバイスはあったりする?」
『さてな……。そういえばアリアには前世の記憶があるのだろう? その記憶に雷に関することはないのか?』
「日本の記憶の? そういえばそちら方面では考えていなかったわね……。むしろ日本の方が雷に関しては知見も豊富かもしれないのに、迂闊だったわ」
『ほう? 雷に関する知見か』
「ええ、日本では……というか、前世の世界では、雷の力——電気を利用して様々な役立て方をしていたのよ」
『利用? それは戦闘に、ということか?』
「いいえ、そういった面もなくはないけれど……多くは一般人の生活に対するものよ」
『一般人? 貴族ということか?』
「前世の私が生きた時代に、貴族は既に形骸化して居ないわ。本当の意味で一般人、要するに平民よ」
『なんと! 雷の強大な力を平民が利用するというのか! 異世界とはなんとも面白いものよな』
流石のナルカミも驚愕に黄金色の眼を見張った。
それから私は、しばらくの時間を費やしてナルカミに前世の記憶を語った。
ランプの代わりに電気で発光する電灯。
馬車の馬が不要で、ガソリンや電気で道を走る自動車。
離れた人とその場で通話できる電話。
遠くの映像や過去の映像を音声と共に映し出せるテレビ。
思い返せば、前世には数多の箇所で電気が利用されていた。
私自身も忘れていたが、電気の力というのは生活に欠かせないものだったな。
そして、生活に利用するには、前提である電気や雷に対する研究も進んでいたということだ。
ぼんやりとした知識を前世の記憶から引っ張り出すと、出るわ出るわ、科学という実験と統計を基にした知識の宝庫だった。
もしかしたらこの世界において雷に一番精通しているのは私、アリア・ロッゾなのかもしれなかった。
そもそも雷とは何か?
科学的な話をすると、電気とは原子核から離れた自由電子がマイナスからプラスへ流れる現象を指す。
これは雷も同様で、雲の中の粒子が擦れ合うことで発生した帯電、電荷が地上に向けて放電される現象が落雷だ。
こうした知識が魔導師としてどのような影響を受けるのかは不明だが、術を操るイメージの補強には最適かもしれなかった。
私は立ち上がると浮かんだイメージで魔力の発現を補強する。
今まではただ雷を出そうとしていた。
今回は違う。
まず魔力で行うのは、掌の前のわずかな空間で大気を振動させることだ。
これにより極小の静電気を発生させたら、その電気を触媒に私の魔力で点火する。点火した魔力は事前に発生した静電気に引っ張られて自動的に雷属性を発現する。これでどうだ。
「あ、なんかいけそう。というかやばいかも」
掌を突き出した私は、ぞわりとした感覚が全身に走るのを感じる。隣にいたナルカミが明らかに動揺した。
『お、おい』
「あ、ダメだわ。止められない」
『ちょっ——』
その瞬間、視界が真っ白に染まった。
大気を割る轟音が間近で鳴り響き、耳がキーンとして聞こえなくなる。
私は思わず目を瞑って尻餅をついた。
強烈な青臭いオゾン臭が漂う。私はたっぷり一分ほど経ってからようやく目を開いた。
「嘘……」
私の視界に飛び込んできたのは、真っ二つに割れた木だった。
空中庭園の庭の中でも比較的背の高かった木が、煙を上げながら二つに割れて倒れている。
それを隣で見たナルカミも、唖然として口を開いている。
『規模こそ大きくはないが、我の雷に匹敵するぞこれは……。なんという威力だ……』
私は声も出せずに絶句していた。
その日の夜、ナルカミはいつにも増して真剣な顔つきで私に告げた。
『アリア、お前の力は我の思っていた以上に強大になる。故に使い道を誤れば、それはお前自身や周囲に害を与えかねん。我は契約者として、その力を暴発させぬよう修練し、その上で濫用しないことを望む』
「ええ、わかっているわナルカミ。私も自分の魔力で自滅したいわけじゃない。貴方の言葉、決して違えないと約束するわ」
『すまぬな。千年ぶりの契約者をつまらぬことで亡くしたくはないのだ。しかし、祝福はせねばならんな』
ナルカミは私を正面に据える。
その顔は、表情を読みづらい龍のものでもわかるほどに、優しさに満ちていた。
『おめでとうアリア。今日からお前は、この世界にただひとりの雷魔導師だ』
ナルカミの祝福が胸に沁みる。
失敗をし続けていた私が、やっとの思いでようやく手に入れた力。
この世界に生まれ変わってから初めての達成感を存分に味わう。
ナルカミに救われて空中庭園へ訪れてから、およそ二年が経過していた。
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