第13話
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私は目標の形がナルカミに提示されてから、それまで様々な分野で行っていた学習を全て魔導師になるための時間として費やした。
別にナルカミに言われたわけじゃなく、私自身の意志だ。
『アリア、お前は元より魔法を学ぶ過程で魔力についてもかなり高いレベルで知識を習得している。だが、魔導とは知識のみで成るものではない』
ナルカミいわく、魔導師として成り立つにはいくつかの段階を経ていく必要があるらしい。それをすっ飛ばしてしまうと中途半端な力となり、魔法にも劣る未熟な術となってしまうそうだ。
個人的にはお菓子作りみたいなものかな、と勝手に思っている。
自由自在に作れるのであれば傑作もできるかもしれないけれども、基礎がしっかりしていなければレシピ通りに作ったもののほうが美味しい。たぶんそんな感じだろう。
私の説を聞いたナルカミは微妙な顔をしていたけど、私が理解できればそれでいいのだ。
その後ナルカミは実際に私に手本を見せながら、魔導師の段階について教えてくれた。
まずは、力の大元である魔力を知覚すること。
次に、知覚した魔力を己の意志で自由に動かせるようになること。
そして、動かした魔力を己の望む形で力を発現させること。
最後に、魔力を発現させる際に、己の魔力に合わせてその都度、瞬時に調整できるようになること。
『このいずれを欠いても、魔導師としては未熟者だ。未熟な術はときに己の身を滅ぼす。そのような力を身につけるくらいであれば、最初から使えない方がはるかにマシだ。それくらいの覚悟で修練を積むのだ、アリア』
それを聞いてから、私の空中庭園での生活は魔導師としての修行一辺倒になっていった。
まずは第一段階。私はナルカミとの契約の際に魔力については知覚している。そう、両目から抜けていったあの熱だ。
あれが魔力だと知ってからは、生活中も常に魔力を感知できるように意識を集中させることにした。
始めて数日間はまともに生活できなくなり、二、三週間は疲労困憊で夜まで持たなかった。
ひと月が過ぎ、ふた月が過ぎ、三ヶ月目に差しかかるころになって、ようやく私は魔力の知覚を完璧にこなせるようになった。
『そうだ、いいぞアリア。まずは見えていなければ話にならん。それが自然にできるようになるのが、魔導師としての最低条件だ』
知覚に関してはナルカミのお墨付きをもらうことができた。
ようやく第一段階が終了し、次に入る。
第二段階、魔力の操作だ。
これは難航を極めた。
いくら見えていると言っても、形のないものを自分の意志で自由に動かせるという感覚が掴めない。
ただの人間に、背中から生えた翼の動かし方がわからないのと一緒だ。
日々、魔力感知を働かせつつも、うんうんと唸りながら魔力を動かす術を模索した。ナルカミにも聞いてみたが、龍は生態として魔力が使えるようで私の参考にはならなかった。
手がかりがなさすぎて、思いついたことは何でも試した。ナルカミもアイデアを考えてくれた。
迷走しすぎて何を血迷ったか、逆立ちしながら精神統一しているのをナルカミに見られたときは、正直穴に入りたい気分だった。
『焦るなよ、アリア。我が知る魔導師というのは、かつて存在した者も長い時間を経たものだ。お前は第一段階がスムーズだったから余計にやきもきするのだろうが、元々一朝一夕で習得できるものではないのだ』
ナルカミが優しく諭すように私に声をかけてくれる。とても嬉しくてありがたいけれども、逆立ちのまま聞きたくなかったと後悔した。
四苦八苦すること半年ほど。
依然としてもがき続ける私だったが、このころになるとむしろ落ち着いてきていた。
急いては事を仕損じるという教訓が前世の日本にはあった。貴族の責務も何もない今の私には、時間だけは有り余っている。そう思えば泰然と構える余裕も出てくるものだった。
転機が訪れたのは、ふとした瞬間だった。
好転しない魔力操作に煮詰まり過ぎないように、気分転換に料理でも作ろうと思ったときだ。
素材はナルカミが用意してくれるし、火に関してもナルカミが着けてくれる。至れり尽くせりといった環境だが、肝心の調理作業については手が足りなかった。
なにせナルカミは龍だ。手足がないわけではないが、とても料理向きではない。だから、たまに食べたい物があるとすれば、それは自分で作らなければならない。
ここしばらく魔力操作に没頭していた私にとって、久方ぶりの料理だった。
正直、久しぶりすぎてテンパっていたんだと思う。一度に複数の工程をこなしすぎて、両手では足りないくらいの作業が同時に発生していた。
「あわあわあわあわあわ焦げる焦げる焦げる焦げる」
『何をやっているのだ、アリアよ……』
よりによってナルカミに見られているのが致命的だ。このグラマラスでクールビューティーたる私がこのような失態など……
『お、おい焦げておるぞ! なんとかせい!』
アーッ、困りますお客様。ただいま絶賛両手は塞がっております。ただちに自力で鍋から離れていただきたく候。
『何をもたもたやっておる、早く片手を空けんか! ——ムッ!?』
慌てる私に、急にナルカミが黙る。そして信じられないといった感じで、ゆっくりと私に話しかけてきた。
『お、おいアリア。お前……それはどうやっている?』
「何言ってるの今それどころじゃないのわかってるでしょ——おわぁっ!?』
ナルカミに促されて、自分の顔の横を脇目に見る。すると、焦げかけていた鍋がなんと宙に浮いていた。
びっくりした。
思わず淑女らしからぬ声を上げてしまったじゃないか、何だこれは。最近の鍋はまさか飛ぶのだろうか。
『そんな馬鹿なことがあるわけなかろう。よく見よ……それを浮かせているのはお前だ、アリア』
——何だって!?
言われて確かめてみて初めて気づく。
鍋はナルカミの鱗によく似た金色のオーラが纏わりついており、そのオーラはなんと私の体から発せられていた。
驚いて後退ると、それに付随して鍋も私についてくる。
その様子を見たナルカミが、呆れたように帯電した吐息を吐き出した。
『なんとも器用なことだな。魔力操作をそのような使い方で扱うとは』
「感心してないで鍋の下ろし方を教えてよ! 熱々のスープを鱗にぶっかけられたくないでしょう!?」
『知らぬよ、我もそのような魔力操作は見たことも聞いたこともない。おそらく第二段階と合わせて、無意識に第三段階の術者の望む発現までクリアしているな。まさか料理の手の欲しさに魔導に目覚めるとは……』
「ど、どうすればいいのこれ!」
『さてな。アリアの願いが発言して鍋が浮いているのだ。地面についてくれとでも願えば良いのではないか』
なるほど、一理ある。
ぐつぐつと地獄のように煮えたぎったスープは実に熱そうだ。味についてはそこそこ自信があるため、無駄にはしたくない。どうか落ち着いてかまどに着陸していただきたい。
私が望みを脳裏に描いてうんうんと唸る。すると、スープの入った鍋はゆっくりと静かにかまどに元通り着地した。
で、できた——
ついでに色々と魔力を操作してみる。先ほどまではぴくりともしなかった魔力は、私の意志に対応して自在に動き回るように変わっていた。
『きっかけがなんとも締まらないが、これで第二段階の魔力操作と合わせて、第三段階の魔力の具現化も成功か。とりあえずおめでとうと言っておこう、アリア』
ナルカミの言葉に徐々に実感が湧いてくる。
熱々のスープを前に、私は固く握り拳を作っていた。
形になりつつある魔導師の領域。
その道は目前まで迫っていた。
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