第12話

▪️破

 見渡せば蒼海のごとき青が視界全てに広がり、空が近い。

 これほどまでに真下で空で見たのは、前世を含めても初めてかもしれない。手を伸ばせば、それこそ両手で掴めそうなくらいだ。

 足元には草木が生い繁り、付近には石造りの噴水が静かに水を流している。振り返れば古風な小城がそびえ立ち、天守には薄く雲がかかっていた。


 ここは空中庭園——雷龍、私と契約を結んだナルカミの居城だ。

 上層雲の並ぶ高度帯の中域にあり、地上からは存在すら知られていない場所だ。なんでも島自体が魔力で浮遊しているらしく、ナルカミは世界の管理者の一柱として世界の始まりからここで暮らしているそうだ。

 龍ともなるとなんともスケールの大きい話だ。

 ちなみに島の周囲はナルカミの魔力結界で保たれているとのことで、息苦しさや寒さを感じたりはないし、食事もナルカミが用意してくれる。

 実に穏やかな環境だ。あまりの待遇の良さに涙が出たのは秘密にしている。


 そんな伝説の秘境も、転生者である私からすれば別の部分に興味が湧く。

 空中庭園なんて、前世の記憶からするとロマン溢れる住居だ。初めて連れて来られたときは思わず興奮してしまい、ナルカミに呆れられたものだ。

 そうそう、興奮といえばナルカミの背に乗ってここまで来たときも、子供のように胸が踊ってワクワクした。


 半年前にナルカミにここに連れて来られてから、ずっと勉強をしている。

 ナルカミは永く生きているがゆえに、信じられないくらいに博識だ。元々学ぶつもりだった魔法について以外にも、この世界の成り立ちや、王国の過去の話など知識については事欠かない。


 正直に言って、前世の記憶が戻ってから、原作改変のためだけに生き急いできてしまった面を私は自覚していた。そんな私も、この空中庭園であれば何を気にすることもない。せっかくだからと魔法以外も色々なことをナルカミから学んでいた。


 とはいえ、もう半年だ。

 ここ最近はナルカミも本格的に私に魔力について教授してくれている。

 瀟洒なテーブルと机を屋外に用意し、私とナルカミそれぞれのカップに紅茶を注いである。気分は青空教室だ。

 ちなみにナルカミは体を小さく変えて蛇くらいの大きさになっている。あれほど威厳があった姿もこのサイズになるとちょっと可愛い。できれば手のひらサイズになってほしい。


『そもそもアリアは魔法が使えるようになりたいと言っていたが、それはおそらく我にも難しい』

「……それは貴方が私に嘘をついたということ? そうではないのでしょう、ナルカミ」

『無論、我は嘘などついてはおらん。この話を理解するためには、まずは魔法使いと魔導師の違いについて理解を進める必要がある』

「魔法使いと魔導師の差……?」


 魔法使いは知っている。王国にもたくさんいたし、貴族は大半が魔法使いだ。

 けれども、魔導師という言葉は聞き覚えがなかった。


『魔導師を知らぬか……。おそらく時の流れで失伝したな。かつては魔法使いよりも魔導師を目指せと謳われたものだが、なんとも寂しいものよな』


 若干の寂寥感を漂わせながら、ナルカミはゆっくりと語ってくれた。


 いわく、魔力とはカタチを持たない力だということだ。

 現在の人間は決まった呪文を詠唱し、魔法という決まったカタチで魔力の効果を発現させる。けれども、本来魔力とはそういった性質のものではないのだ。

 これについては私も半年間で魔力についてナルカミの知識も交えて、より深い知識を蓄えているため理解できる。


 ここで重要なのは、魔法とはあくまで不定形の力である魔力をわかりやすく、使いやすくするための技術だということだ。

『簡易化された技術というわけだ。魔法とは、単により多くのものがより一定の力を発揮するために一般化された技術であって、それだけが魔力の発現ではない。まぁ、稀にアリアのように技術自体が適合しない者もいるがな』

 なるほど。

 この辺りの思考は科学技術の概念とあまり変わらないようだ。

 私が魔法を使えなかったのは、体に備わった魔力の影響が強いらしい。これは魔力そのものの性質らしく、どれだけ頑張って努力しても改善するようなものではないとナルカミは言った。

 要はアレルギー反応のようなものだ。思わずがっくり来てしまった私を誰か慰めてほしい。


 しかしここでひとつの知見を得た。

 魔力とは魔法だけが使う手段ではないということだ。

 で、あれば。つまり魔導師とは——

『そう。呪文というカタチに依らず、自由自在に魔力を扱う者を指す。王国の上位貴族たるアリアが知らぬのであれば、おそらく現在は存在しないのだろうな』


「魔導師の使う魔力は、魔法使いの魔法よりも強いものなの?」

『特にそういうわけではない。同じ効果で魔力を使えば、強さに関しては基本的には互角だろう。むしろ簡易化されていない分、魔導師側の負担は大きい。しかし——』

「しかし?」

『あくまで魔法という決められた枠の中でしか力を発揮できない魔法使いと異なり、魔導師の使う魔力の発現は無限大だ。どのようなカタチの力なのか、どれほどの魔力を注ぐのか、全てが自由自在だ』

 ナルカミはパチパチと帯電した吐息を吐き出しながら私を見る。

『元より魔法とは決して万能な技術ではない。出力や発現の形は限られるし、アリアのように魔力が適合しない者もいる。それに比べれば魔導師は自由だ。れこそが魔を導く者——魔導師たる所以だからな』

「魔を導く者……」

 ナルカミが頷く。

 黄金色の瞳が真っ直ぐに私を見つめている。その美しい虹彩の瞳孔には、私の顔が鏡のように映し出されていた。

『アリア。魔法でない魔導を目指せば、お前が持つ大きな魔力を使う術も見つかるだろう。そしてお前が魔導師になったとき、己の持つ魔力の資質も発現する』

「私の魔力の資質……貴方が助けてくれた理由ね」

『そうだ。そのときこそ世界は黄金瞳たる所以を知ることになる。雷の速さと力を己の手足とする、世界でも類を見ない魔導師が誕生するのだ』


 ナルカミが息を吐くと、紫電が走る。彼に助けてもらったときの白雷とはまた違う、美しい稲妻だった。


『アリア、お前はこの世界で唯一の雷魔導師となれ』

 雷の化身たるナルカミが告げる。


 彼が発した言葉を私はゆっくりと口の中で噛み締めた。

 雷魔導師——私が目指す、私のカタチ。


 この先のことがどうなるのかはわからない。本当に私に魔力が扱えるようになるのかすら不明のままだ。

 けれども、私の目標が今までよりも明確な形となって現れていた。

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