第46話

▪️ジーク

 ジークにとって、魔法とは忌むべき技術であり、全ての元凶である。

 才能があるからと肉親から引き離され、人を殺すために魔法を覚えさせられる。覚えたら殺し、殺したら覚える。逆らうことすら許されず、ひたすらに王家の使い捨ての道具であることを求められてきた。

 しかし、そんなクズどもの想像をはるかに上回るほど、ジークの魔法は突出していた。使い捨ての道具は生き残り続け、誰よりも高みに昇っていった。


 生き残ったジークには、憎しみと苦しみだけが胸にわだかまり、積み重なっていった。

 彼女の救いになるものはどこにもない。心は黒く染まり、今にも発狂する寸前だった。

 そんなときに現れたのだ——アリア・ロッゾが。


 王家の標的として邂逅した彼女は、敵対していたジークの窮地を救っただけでは飽き足らず、呪いまで解いてくれた。

 そんな大恩ある彼女を、ジークは今殺そうとしている——あれほど疎んできた魔法の才能を利用して。


 ジークを獣の群れから救ってくれたとき、彼女が見せたのはこれまでの魔法の大系にない技だった。

 全身を非物質化させる、見たこともない極限の力。

 ジークは消えゆく意識の中でそれを見たとき、自身の才能で理解した。彼女が使う技は、ジークの扱う魔法とは根本的に異なるものだと。


 一度でも見ることができたのは、僥倖だった。


 自信があったわけではない。

 だから入念に策を練った。攻め立てた上で油断しやすい状況を作り上げ、息が切れたふりをして彼女に挽回のチャンスを与えた。

 そして彼女は期待通りに突っ込んできた——その体を閃光に変えて。


 ジークは彼女の扱う力が、天から降る神の怒りに酷似した力だと見抜いていた。彼女の速度はありとあらゆる現象を置き去りにする。けれども、ジークはたったひとつ確信していた。


 それは、閃光のままジークに突っ込んで来ることはないということ。

 正直に言えば、閃光と化したまま突っ込んで来られたらお終いだった。それは人間に反応できる速度ではない。もしそうされていたならば、ジークは呆気なく光に呑まれて殺されていただろう。


 そう、殺されていた。

 だからこそ、アリア・ロッゾは直前で止まると確信していた。


 彼女の目的はジークを殺すことではないと、おぼろげに察していた。だから分の悪い賭けと知りつつも、アリア・ロッゾの切り札を切らせた。


 ジークは賭けに勝った。

 アリア・ロッゾとジークは、強烈なオゾン臭が漂う中、息が混ざり合うくらいの至近距離で視線が合った。


 一度見れば忘れられない、黄金色の瞳が魔力に呼応して輝いている。

 ジークは場違いだが、それを単純に綺麗だな、と感じていた。


 アリア・ロッゾが閃光を纏った右手を突き出してくる。

 躱せる距離ではなく、躱せるタイミングでもない。水の防壁すら間に合わなかった。

 あれに触れれば、ジークはひとたまりもなく倒れてしまうことは察している。全てがジークの目論見通りだった。


 だから、今度はジークが切り札を切る。

 それは、彼女の才能がゆえに許された極地の魔法。


 ——模造魔法、とジークは呼んでいる。

 見た技を根源から解明し、己の魔法として扱うジーク特有の魔法だ。

 熟練の魔法使いであるジークが自由自在に魔力を扱えるがゆえの御業。

 理解さえできてしまえば、詠唱すら必要なく、魔力を操作し、現象を再現できる。魔力によって生み出される事象で、これまで模倣できなかったのは胸に宿されていた王家の呪いのみだった。


 ジークは知らない——その業を使う者を魔導師と呼ぶことを。


 ジークは再現する。

 かつて見た中で最も強力で、最も美しかった技を。

 あまりに高度な技術だったため、完全な再現はジークにも不可能だった。だから、自分が扱いやすいように若干のアレンジを添えて。


 ジークは、自身の肉体を水へと変えた。神の怒りを通さない純水に。


 すさまじい演算の負担が脳を焼きそうになるが、ジークは耐える。温存していた魔力があっという間に底をつきそうになる。ジークは歯を食いしばって力を振り絞ろうとして、ふと水化した体には歯がないことに気づいた。


 全身が水に置換された直後に、アリア・ロッゾの右手がジークに触れられる。その瞬間、体を構成していた水が弾けるのと同時に、アリアの右手も弾かれていた。

 驚愕に黄金瞳が染まっている。アリアの顔に弾けたジークの水が飛沫のように飛んだ。


 アリアは弾かれた衝撃に体勢を崩している。それこそがジークの狙い続けてきた勝機だった。


 右手の人差し指だった純水を細く伸ばす。つい先ほどまで山ほど撃っていた牽制魔法のように。

 針のように伸びた指は、狙い通りアリアの胸に吸い込まれていく。そして、寸分違わず心臓の有るべき場所へ、豊かな胸を貫通して突き刺さった。


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