第45話
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こうなることは半ばわかっていた。
だからナルカミには、あらかじめどんな結末になろうと手出し無用と告げておいた。
これは、私の——私だけの戦いだ。
私が望む、私のハッピーエンドを迎えるための、わがままから来た戦い。
だからナルカミにすら邪魔はさせない。
「何があっても介入しないで。もし余計なことをしたら、そのときは貴方との契約を打ち切るわ」
『……承知している』
何か言いたげなナルカミに背を向け、私はジークさんと正対する。
白い死神は、戦う前から満身創痍だった。
いくら龍の秘術が解けたからといっても、それまで与えられていた痛みがなかったことになるわけじゃない。しかも解呪されてからまだ間もない。胸にあった呪いは確実に彼女を消耗させている。
加えて、ここまでの道程。
病み上がりと変わらない体で、徒歩で王都近郊まで歩いて来た。獣から襲われることもあっただろう。ただでさえ呪いで不安定になっていた体調と精神と魔力は、極限まですり減っている。
対する私も、内面的にはジークさんとさほど変わらなかった。
魔力は若干回復してきたが、荒事続きの立ち回りは私を疲労で蝕んでいる。
けれども、やるしかない。
これは私の望んだ戦いだからだ。
「——改めて名乗るわ。元王国侯爵家貴族令嬢、雷魔導師のアリア・ロッゾよ。貴女を止めてみせる」
「…………」
ジークさんは何も言わない。
ただただ赤い瞳に殺気を乗せて、私を真っ直ぐに睨みつけている。
常人であれば、それだけで怖気づいてしまいそうな殺意だった。
当然だ。今から放たれるのは、彼女の抱えてきたこれまでの想い全ての結末なのだ。
悲しみ。
怒り。
嘆き。
後悔。
諦念。
その全てが彼女を止まれない復讐へと突き動かしている。
私は目を逸らさずに彼女を見つめる。ジークさんを止めると口にした以上、私には彼女を受け止める義務があった。
逃げることは許されない。
いや、誰が許そうとも私自身が許さなかった。
龍の一柱が見守る中、私たちはゆっくりと動き出す。
なけなしの魔力を全力で体内に循環させ、私はわずかに腰を落とした。
おそらく、勝負は一瞬だろう。
お互いに長期戦は難しい。戦力的に万全でない以上、戦いを長引かせても勝ち目は伸びない。であれば、最も効率的なのは一撃必殺だ。
そして、私の雷は速度において何よりも勝る。電気の持つ圧倒的な速度は、魔法が発動するのを見てから返してもなお猶予がある。
私はその一瞬を見逃さないように、神経を張り巡らせた。
「水よ」
ジークさんが以前と変わらぬ極小の詠唱で、牽制の魔法を放つ。
相変わらず美しいまでに無駄のない短縮された詠唱と魔法だった。
空中に生まれた少量の水が針のように私に伸びてくるのを、同じように小さく発生させた磁力の壁で捻じ曲げていく。
「水よ」
畳みかけるようにジークさんが水針を放ち続ける。おそらく私に隙をつくれないかと探るためだろう。
魔力を使いすぎないように、冷静に針を捌き続ける。いつか私を仕留めるための一撃が放たれるはずだ。それに合わせて、雷のカウンターを叩き込む。私は心を鎮めてそのときを待った。
様子がおかしいことに気づいたのは、五分ほど経過したころだった。
「水よ」
ジークさんは戦闘開始時と変わらず、牽制魔法を撃ち続けている。その有様には微塵の乱れもなく、それどころか水針の数は更に増えている。
対する私はといえば、磁力壁のための魔力発現で、徐々に息が上がりつつあった。
疲れを見て取ったジークさんが、ますます水針を連射する。非常に小さな魔法だが、それゆえに必要な魔力量が少ないのだ。私の磁力壁に比べれば、その消耗具合は雲泥の差だった。
私はナルカミに言われていたことを思い出す。
私の弱点は、経験が足りないことだ、と彼から常々から言い聞かされていた。
私は魔導師として立ってから日が浅い。雷魔導師は強力無比な存在だが、アリアにはどうしても経験値が足りていない。だから、戦場に立つ際には充分以上に気をつけろ。
ナルカミは空中庭園にいたころから、口を酸っぱくして私に繰り返していた。
確かに私はここまで王国での戦いに勝利してきた。しかしそれは私自身の技量よりも、雷という現象の特性と対処の難しさ、そして魔導師という特異性によるものが大きい。
ようはパワーでゴリ押ししていたのだ。
しかし、ジークさんは違う。
彼女自身が望んだわけではないだろうが、長く王宮魔法使いとして戦い続けてきた彼女の技量は、私とは正直比べ物にならない。忌まわしき記憶と共に身に刻まれた技量は、他の追随を許さない領域まで高められている。
彼女はたった数回の私との邂逅で分析したのだろう……私の弱点を。
電磁力の壁は、あくまで電流を発生させることの副産物だ。防御方法としては極めて優れているものの、雷そのものではないため燃費が悪い。
しかも、私は詠唱が使えない魔導師だ。自在に雷を操ることはできても、必ずしも最適化されているわけではない。特に魔力のロスに関しては、不慣れな分かなり大きいはずだ。ジークさんはそこに勝機を見出していたに違いない。
もはや雨のように降り注ぐ水の針を、私はなりふり構わず必死に防ぐ。
規模は小さくとも殺傷力は高い魔法だ。一度くらってしまえば、後はなす術もなく穴だらけにされてしまうだろう。
私が牽制だと思っていた魔法は、ジークさんが放った必殺の魔法だった。
つくづく自分の間抜けさを呪う。
彼女は独学で魔導師の領域まで登りつつある本物の天才だ。一度見た私の弱点など、気づかぬはずもなかったのだ。
非常にまずい事態だった。
このまま防戦していても、先に魔力が尽きるのは間違いなく私の方だ。それほどに燃費が違う。
こちらも細かく攻撃を挟もうにも、一度できてしまった流れに逆らうのはリスクがつきまとっていた。
だからといって、このまま敗北を受け入れられるはずもなかった。
この程度で諦めるなら、最初から彼女を止めようとは思っていない。
状況をひっくり返すには、雷化するしかなかった。
いちかばちかの大博打だ。
ここも失敗してしまえば、勝利は絶望的になる。けれども、他に手はなかった。
私は心を固めると、体内の魔力を高めていく。
流石の連撃に疲労がでたのか、ジークさんの水針魔法も嵐のようだった先ほどよりは散発的だ。
私は耐えつつも隙を待つ。
そして、そのときは来た。
呼吸のために、ほんのわずかにジークさんの魔法の手が緩む。それを感じた私は、全力で全身を雷化させた。
一秒にも満たない時間を、永遠に感じる。私は極限の集中力の中、水針の豪雨を駆け抜ける。
雷の体に物理的な技は効果がない。体を突き抜ける水針を感じながら、私はジークさんの懐へ飛び込んだ。
そして、解除。
実体となって現れた私は、常人からすれば瞬間移動のように感じられただろう。数瞬遅れてジークさんの赤い瞳と目が合った。
心臓が破裂しそうなほど疲労と不安を感じる。それを押しのけて、私は右手に魔力を発現させた。
必殺の距離、必殺の一撃だ。
私は確信と共に右手をジークさんへと伸ばす。
憎しみに駆られた彼女を止める。その願いを叶えるために。
しかし、私はいまだに気づいていなかった。
ジークさんは天才だ。
自力で魔導師の域に片足を踏み入れた、真なる魔法使い——彼女がそれを望んでいなかったとしても。
それを理解しつつも、思考することをやめていた。
結局のところ、この後に及んでまだ私はジークさんをみくびっていたのだ。
本当のジークさんを、甘く見ていた。
そのツケは、今このときにやってきていた。
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