第31話
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町へ戻ると、隊長さんから町長の屋敷へと案内された。おっかなびっくりの態度だったけれど、あからさまに怯えられてはいない。
本来なら辞して宿に帰るところだったが、とある事情でお受けすることとなった。
とある事情——いまだに動くことのできないジークさんの件だ。
意識は何度か戻っている。しかしその度に苦痛の声を上げて気絶してしまうのを繰り返している。明らかに何か異常を抱えている様子だった。
そんなジークさんを介抱するには、元の安宿では難しい。場所を借りられるということもあって、お呼ばれされたのであった。
町長の家は、町の規模感からいってもさほど大きくはない住まいだった。しかし、そう言っても狭いワンルームしかない宿に比べればはるかに広い。
その一室を借り受けて、私とナルカミはジークさんの様子を確認している。
窓際に置かれたベッドで、こんこんと眠る真っ白い女性。起きて相対していたときは死神のような冷たい圧力があったのに、意識のない今は年相応の少女だった。
彼女はこの町にとって英雄だ。
そもそも私が暴走する前、獣を押し留めていたのは紛れもなく彼女だ。
たったひとりで獣の群れの中心に陣取り、数多の被害を防ぎ切った。彼女に比べれば私のしたことは残党の後始末でしかない。町の住民たちも彼女の介抱に両手を挙げて協力してくれた。
王宮魔法使いと言えど、軽々と行えるものではない。私は心底彼女を称賛していた。
『……アリア、こやつのことは見終わったぞ』
ジークさんを診察していたナルカミが顔を上げる。珍しく苦虫を噛み潰したような表情だった。
「そう。それでどうなの? 目を覚さない理由はわかった?」
私は単刀直入に聞く。
ジークさんに目立った外傷はない。それでも意識が戻らないとなれば、魔力的な要因ではないかと睨んでいた。
実際、ジークさんは獣の群れに向かって信じられない規模の魔法をひとりで行使している。魔法的な不具合が出ていてもおかしくはなかった。
しかし、ナルカミは言葉に詰まって応えない。その様子に私は眉をひそめた。
「どうしたの? まさか貴方にもわからないってわけじゃないんでしょう?」
私は不審なナルカミに再度問いかける。ナルカミはそれでも一度、二度とため息を吐いて、その後にようやく口を開いた。
『まず、この娘の魔力や体に問題はない。それは確実だ』
「……? どういうこと? 問題がないなら目を覚ますはずじゃない。そこまで口にするのを躊躇うからには、何かあるんでしょう?」
『……これは、我ら龍族の過ちだ』
「————?」
いきなりなんだというのだろうか。ジークさんの状態をナルカミが引き起こしているわけでもない。それなのにナルカミときたら罪を背負うような表情だ。
私は更に疑念を強くする。
でも、そんな疑念は次のひと言で吹き飛んだ。
『……この娘が目を覚さないのは、胸の中心——心臓に龍族の秘術がかけられているからだ。術……いや、もはや呪いと言ってもいいだろうな』
「……は?」
突然の話についていけなかった。
混乱する私に、ナルカミはゆっくりと現状を告げる。その姿は懺悔する贖罪者のようだった。
ナルカミが言うには、ジークさんの心臓に刻まれた呪いは、龍族が人に伝えたものらしい。
本来は、自らよりも強大な力を持つ相手を恭順させるために生み出された龍の秘術。とある暴れ竜を止めるために編み出された技だった。
その術式を強引に捻じ曲げ、ジークさんの心臓に刻み込まれている。人間に刻むような術式ではないというのに。
「ちょ、ちょっと待って。その術式ってまさか……」
『そうだ、王国の守護竜——暴れ竜だった火竜を隷属化させた、王家に伝わる秘術だよ』
「そんな……なんでそんなこと……」
私は絶句して言葉もなかった。
『この者の魔法の才能は見たであろう。おそらく力のある者を意のままに操るために、秘術を無理やり悪用したのだろうな。このような事態を避けるために、我は炎龍を止めたのだがな……』
「か、解呪を……」
言葉を絞り出す私にナルカミが首を横に振る。
『強引に捻じ曲げたせいで、我にも解けなくなっている。術を人間に伝えた炎龍でも同じだろう。力づくで解呪しようものなら、この娘の心臓が弾け飛んでしまいかねん』
「そんな……」
八方塞がりじゃないか。
どうして彼女がそんな目に遭う必要があるんだ。彼女が何をしたというんだ。
『おそらく、秘術の主体——王家の者に逆らうたびに、心臓に張り裂けそうな苦痛を与えられている。元は火竜を戒めるための機能だ……もはや拷問だな。こやつが味わっている痛みは想像を絶する』
「そ、そんなの……奴隷と変わらないじゃない……」
『奴隷、なのだろうよ。少なくとも王国の王家にとっては、都合の良い便利な奴隷だ』
ナルカミは吐き捨てる。
怒りを少しも隠していなかった。
私は必死に動揺を抑える。
なんとか解決策はないかと頭を巡らせた。
「命令に逆らうと呪いが発動するのであれば、命令に従えば呪いは治まるの?」
『……まぁ、そうだろうな』
「な、なら王家の命令に一旦従えば、少なくとも起きて動けるようにはなるじゃない。それなら——」
『アリア。……お前がそれを言うのか?』
ナルカミが私を遮る。黄金色のいつもの瞳——そこにあるのは、やるせなさだった。
その視線にさらされて私は気づいた。
「王家の命令っていうのは、つまり……私たちの……私、アリア・ロッゾの捕縛……?」
ナルカミが私の呟きに目を逸らす。
出会ってから彼が私から視線を逸らすのは初めてだった。
『……そうであろうな。そしてその命に背いてこの町を守ったからこそ、その有様なのであろうよ』
思い出す。あのときのことを。
獣の群れを押し流したジークさん。彼女が膝をついたのは、私に気づいた瞬間だった。
つまり、そういうことだろう。
なんとか命令を誤魔化しつつ獣に対処していた最中に、よりによって対象である私が現れてしまった。
結果として命令に明確に背いた形になった彼女は、呪いによって蝕まれたのだ。
そして今もなお、私を捕らえず王家の命令に逆らい続けて苦しんでいる。
私が原因だった。
知らず知らずのうちに、私は手を握り締めていた。あまりに強く力を入れてしまったせいで血が滲んでいる。それでも痛みはどうでもよかった。
「こんな悪行が赦されるの……? 王家であれば何をしても良いと思っているの……?」
いや、そんなはずはない。
火竜を制したとしても。
大地を豊穣に導いたとしても。
そんな行いが赦されるはずがない。
この私が、赦しはしない。
私は悟った。
ああ、これだと。
私がぶっ壊したかったものは、
私がぶっ壊しすべきものは、
私が誓ったのはこれだ。
この願いが叶うのならば、私は再び雷と化すことすらいとわない。
怒りに支配されつつも、思考は冷え切って鎮まっていく。
初めて得る感覚だった。
『我は征く。これ以上は捨て置けん。一刻も早く諸悪の根源を例外なく処分する。それがこの世界の管理者としての勤めだ』
ナルカミは私を見る。
どうする?と問われるような視線だった。
無論、私に躊躇いはない。
私は立ち上がると、昂る魔力で帯電するナルカミに倣う。
目標はただひとつ。
王国と、王家と、火竜——その全てを叩き潰す。
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