第7話

▪️▪️▪️

「何故呼び出されたのか、まるでわかっていない顔だな」

 アルバート王子から王城への呼び出しがあったのは、卒業まで残り半年となったときだった。


 私はこの時期になると焦りも恐怖も通り越して、もはや不信感を抱いていた。

 約二年半もの間、私は原作改変のために四方八方へ奔走する日々を送っていた。

 王子との仲や距離感を適度に保ちつつ、原作から少しでも変えられる部分はどんな小さな事象でも積極的に変えていった。


 両親との仲を少しでも改善できないかと何度も会話を試みる。

 上位貴族がミライラ嬢の悪評を流していれば、陰口はよくないとたしなめる。

 王妃陛下に現状を細やかにお伝えし、間接的に王子へ働きかける。

 不仲な王子にも丁重に接することは怠らず、無理にミライラ嬢と引き離したりもしない。


 他にも数えきれないほどの改変を試し、その上でことごとく失敗していた。

 もはや意味がわからない。原作から変わったことと言えばアルバート王子がいまだクソガキ感を残しているところくらいで、それ以外は原作に忠実に時が進んでいた。


 もしかしたら、何か物語の結末に向けて強制力があるのかもしれない——そんなことを思ってしまうくらいには、私は何もかも信じられなくなってきていた。


 タイムリミットである卒業までは残り半年。正直に言うと手詰まりを感じていた。

 そんな中、王城から私のもとへ手紙が届く。招聘通知——今回登城したのは、アルバート王子からの呼び出しによるものだった。


「申し訳ございません。私には呼び出しの理由は見当もつきません」

 私が告げると、王子は馬鹿にした顔で私を見下して言い放った。

「決まっているだろう。お前のような阿呆と縁を切るためだ」

「は——?」

 何言ってんのコイツ。

 思わず私は淑女らしからぬ間抜け面で呆けてしまった。


「何度も言わせるな。お前のような奴と結婚をする気はない。婚約は破棄……泣こうが喚こうが決定事項だ」

「お、お待ちください。それは王家としての御下命でしょうか? 陛下や王妃陛下はご存じなのですか」

「当たり前だろう。軽々しく婚約破棄などできるはずもない。今回は俺から父上、母上に事態の詳細をお伝えした上での決定だ。どちらもやむを得ないとのご判断だ」

 アルバート王子は真っ直ぐに私を睨みつけてくる。その瞳に翳りはなく、どうやら嘘ではなさそうだった。


「さ、左様でございますか。それであれば私から特に何も言うことはありません」

「——だから今更お前が俺に縋ろうと……何?」

「はい?」

「だからこれ以上の婚約継続を願っても無駄だと……」

「何故、私が殿下との婚約継続を望むのでしょう?」

「…………」

 私が首を傾げて問うも、王子は苦虫を噛み潰したような顔をするだけだった。


 まさか、私に好かれているとでも思っていたのだろうか。

 いや、いくらなんでもそんなはずはないだろう。顔を合わせるたびに、お互いに不快感を隠していたのが丸わかりなほどだったのだから。


 まぁ、そんなことはどうでもいい。

 それよりも気になるのはタイムリミットについてだ。

 つい先日、私は十八歳の誕生日を迎えた。そして半年後の卒業式に婚約破棄とミライラ嬢への殺害未遂で追放されるのが『竜の国の物語』の原作だ。

 本来なら婚約破棄まであと半年ある。時期が早まったのは私が与えた影響なのだろうか。


 いずれにしても、穏便に婚約破棄できるのであれば、私にとっては是非もない。

 口をパクパク開けて喘いでいる王子を尻目に、王妃教育で育まれたカーテシーを披露する。

「御用件は以上でしょうか? それでは私はお暇いたします」


 振り返って辞去する私を、後ろから引き留めたのはやはりアルバート王子だった。

「——待て、お前には殺害未遂の疑いがある。婚約破棄の決定打となったのはそれが理由だ」


 やはりそう簡単にはいかなかったか。

 私がドレスの裾をひるがえすと、王子は底意地の悪そうな顔つきで私を見下している。

 口元を歪めたその顔は、まさに他者を蔑んだ醜い表情だ。……これも私が与えてしまった影響なのだろうか。


「……殺害未遂とは穏やかではありませんね。いったい何のお話でしょうか」

「とぼけるなよ。お前がミライラの殺害計画を目論んでいたのは調べがついている。これがその証拠だ」

 王子は放るように一枚の紙を私に寄越す。私はそれを手に取ると、ざっと目を通した。


 そこに記載されていたのは、ミライラ嬢が負傷した件についてだった。

 どうやら暴漢に計画的に襲われたらしく、それについての調査のようだ。


「ミライラ・ロラ男爵令嬢が負傷したのですか。ご無事なのですか?」

「白々しいな。お前がやらせたことだろう。複数の貴族家からお前の犯罪に対する申告が来ているぞ」

「申し訳ありませんが、全く心当たりがありません。貴族家の申告というのもたった二件。いずれも物的証拠はなく、しかも一件は当のロラ家からのものではないですか」

「信憑性の高い証言だ」

「寝言は寝てからおっしゃってくださいませ、殿下。このような疑義が正当化されるのであれば秩序が保てないではないですか」

「黙れ! お前がやったことは明白だ! 動機も充分にあり、他に疑わしい人間もいない! お前以外に誰がいると言うんだ!」

「動機と言われましても、そんなものもございませんが……?」

「俺とミライラの仲が気に食わなかったんだろう! 俺との婚約が危ぶまれるからな!」

「婚約に未練などないことは先ほどお伝えしたばかりではありませんか」

「————黙れ! 衛兵!」


 アルバート王子が叫ぶと、衛兵が現れ私を拘束する。

「離しなさい! そのような真似をせずとも、逃げも隠れもいたしません!」

 あまりの扱いに流石に声が荒くなる。しかし、衛兵は何も言わずに私を後手に縛りつけると、まるで貴族とは思わない手つきで連行するのみだった。

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