第8話
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そこから転がり落ちるように原作再現の結末に向かっていったのは、私には防ぎようがなかった。
軟禁——貴族用の牢に入れられている——されていると、他にできることもなく私の思考を疑問が埋め尽くす。
どうしてタイムリミットが早まったのか?
婚約が破棄されて良かったのか?
ミライラ嬢を暴漢に襲わせたのは誰なのか?
私はこの後どうなるのか?
答えは出ない。
けれども、たったひとつ確実にわかっていることがあった。
私は失敗した。
それが事実だった。
いや、まだ挽回の可能性はある。
いくらなんでも、捕縛されるまでの流れが雑すぎた。
王政の国と言っても、アルバート王子の権力はそこまで絶対的なものではない。竜の祝福を受けた国王陛下や王太子ならばともかく、いまだ立太子していない王子の影響力は強くないのだ。
証拠もなしに罪を確定させることなど王子にはできはしない。
だから必ず反証の時間が来る。
そのときに私が関わっていないことを突き詰めれば、あるいは……。
そうだ。そもそも、当たり前だが私はミライラ嬢に暴漢をけしかけたりはしていない。
彼女とは例の顔を合わせたときから、ろくに会話もない。サリィが常に私の横で威嚇していたからだ。
もちろん私から嫌がらせをするようなこともなく、むしろ彼女の広まった悪評を静めたりもしていた。
こと一点、原作の結末を変えたいという部分以外で、私にミライラ嬢を害する動機なんてなかった。
そして私は、未来を変えるために彼女を妨害したり排除したりも避けたいとも思った。
アルバート王子との婚姻なんて興味はないから、せめて穏便に婚約解消を望んでくれれば良かったのに。
いや、その場合は私の父が許さないか。
とりとめのない思考が過ぎ去っていく。
私はひたすらに反証のタイミングを待った。
ここで騒ぎを起こしても事態は好転しない。こうなれば腰を据えて事に当たるだけだ。
しかし二日、三日、一週間——
待てども待てども、反証のときはやって来なかった。
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「お前の有罪が決まった」
おそらく二週間後。漠然と軟禁され続けたせいで時間経過の認識があやふやになったころ、私のいる貴族牢にアルバート王子がやってきた。
開口一番に有罪を宣告され、意味がわからずに私は問い返した。
「有罪とは……? まだ裁判も反証もした記憶がございませんが」
「お前のような輩に、そのようなものは必要ない」
「は——?」
「本来であればお前のような邪悪な凶悪犯は極刑に処すところだが、優しいミライラがそれは可哀想だと言うのでな。追放処分で許してやることになった。喜ぶといい」
あまりの物言いに、私は思わず椅子から腰を浮かせてしまうほどには王子の正気を疑った。
何言ってんのコイツ。
「……殿下。恐れながら、殿下は統治のためにこの国の法については学習されていらっしゃいますでしょうか?」
「無礼なことを言うな! 学んでいるに決まっているだろう!」
「失礼いたしました。であれば、裁判も経由せずに貴族を罪人扱いすることはできないとご存知のはず。先ほどの宣告は一体何ゆえのものでしょう?」
「お前のような者には必要ないと言ったはずだ。それに、俺とミライラは正式に婚約を結ぶことが決定した。未来の王族を殺めんとしたお前の所行は許されるものではないぞ」
……ダメだ、話が通じない。
私も転生後に学んで知ったことだが、この国の貴族は前世の日本人と同じような裁判を受ける権利を有している。
これはかなり強い権利で、裁判を経過せずには国王陛下ですら罪状を確定できない。アルバート王子は、よりによってこの権利を故意にすっ飛ばしていた。
これは明確な犯罪になる。
そこまでしてでも私に罪を被せたいのかと、内心戦々恐々としていた。
アルバート王子は嫌味ったらしく私に続ける。
「お前がいなくなれば、俺とミライラの婚姻は晴れて安泰だ。竜の祝福さえ受けられれば、侯爵家の力も必要ない。お前のような役立たずは、せめて俺たちの未来の礎となれることに咽び泣いて喜ぶがいい」
「そのようなこと……許されるはずがありません。婚約解除ならばともかく、裁判の権利は王国の法で明確に記載されています。殿下の行いは違法です」
「黙れ、もう決まったことだ。もはや俺とミライラの間に立ち塞がるものは何ひとつないのだ」
アルバート王子が酔っ払ったような陶酔の表情で謳う。
「そうそう、極一部では反対の声も上がったが、そのような小事は俺の名の下に握り潰した。ほら、何と言ったか……お前がよくくっついていた赤毛のあの女だ」
それを言われた途端に、私の脳裏に唯一の友人が浮かんだ。
「——ッ!? サリィ……まさか、サリィ・ボロスにまで何かされたのですかッ!?」
「人聞きの悪いことを言うな。お前が無実だとぎゃあぎゃあうるさかったので、謹慎ついでに貴族位を男爵へ降爵しただけだ。俺は寛大だからな」
「馬鹿な……」
私は絶句した。
ボロス家は子爵家ながらも古くから王国に仕える忠臣の家だ。
またサリィも令嬢ながらも文武に優れ、将来的には何らかの形で王宮に仕えるのが間違いないとされていた。
いずれも王国にとって替えの効かない人材である。それをこのように切り捨てるとは、正気とは思えなかった。
「このようなことをしでかして……国王陛下が黙っていらっしゃると思うのですか」
私が震える手を隠しながら王子に問うと、アルバート王子はなんでもないことのように平然と返してきた。
「父は身罷った」
「…………は?」
今、何と言ったこの阿呆は。
「もう一度言ってやろう。我が父、国王ザイールはつい先日身罷った。お前への応対が遅れたのもそれが理由だ。そしてまだ立太子も王位の継承も行えていないが、今はこの俺が国王代理だ」
……何だそれは。
何なんだ一体。この男は何を言っている?
国王陛下が……死んだ?
何故?
『竜の国の物語』にそのようなストーリーは存在しない。
それを思ったところで、不意に私に閃きが走った。
まさか、これも私が原作改変で与えた影響だとでも言うのか?
心臓の鼓動が加速する。
自然と息が荒くなる。
視界がぐるぐる回り、とても正常な状態とは感じられない。
「ははっ、理解できずに思考停止したか? だが慈悲深い俺がお前のような愚か者にもわかるように告げてやろう。——お前を助ける者などどこにもいない。既にロッゾ家からもお前の処遇を受け入れる旨を受け取っている」
「…………嘘だ」
頭が受け入れることを拒否している。
「お前は王都から永久追放、そのまま国境沿いの修道院送りだ。先ほど告げた通り、ミライラの慈愛の情から処刑はしない。せいぜい世界の片隅で死ぬまで懺悔するといい」
「…………嘘だ」
王子の声は動揺で半分も耳に入ってこない。
「嘘なものかよ。しかし気分がいいな。お前の人形のような面が歪むのを見れるとは。今日こそが我が人生最良の日だ」
「嘘を吐くなこのクズがぁぁぁッ!」
怒声が聞こえる。
最初は誰の声かわからなかったが、よくよく聞けば私自身の叫びだった。
視界が真っ赤に明滅して、目の前の王子がまるでフィルター越しのように見える。私は知らず王子に掴みかかろうとして、警備の衛兵に引きずり倒された。
必死にもがいてゴミカス馬鹿王子をせめて一発ぶん殴ろうとしたが、衛兵にがっちりと固められて動けない。
アルバート王子はそんな私を見下ろすと、怖気立つほど醜い笑みを浮かべて立ち去っていった。
何でだ。
何でだよ。
何のためにここまでやってきたんだ。
この結末を避けるためじゃなかったのか。
……サリィ、ごめん。
私、最後まで失敗しちゃったよ。
こうして私は裁判すら受けられずに王都から追放された。
抵抗する気も失せてしまった私は、思考の渦に巻き込まれて、ただぼんやりと馬車牢に乗せられて王都から離れた。
我が親友、サリィとはついに会うことは叶わなかった。
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