第9話
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それは一秒に満たない一瞬だったか、五秒ほど長く続いたか。
視界を埋め尽くした白い閃光があっさりと収まった。爆音で耳鳴りを起こしていた聴覚も徐々に感覚を取り戻していく。
決して長くはない今世の生の軌跡が、走馬灯のように瞬きの間に流れて消えていった。
光が静まると、今度は辺りが暗くなる。草原に影が差し、障壁魔法で築かれた炎の壁だけが周囲を明るく照らしている。
私の周りには、幾人もの人間が倒れていた。
護衛、御者、そして私の乗る馬車を襲った盗賊たち——いずれも倒れ伏してぴくりとも動かない。
私は横転した馬車の横で、半ば呆けていた。
一瞬の出来事だった。
眩い光が全てを飲み込んだかと思えば轟音が鳴り響き、誰も彼もが抵抗すらできなかった。
空気を切り裂くように人々を薙ぎ払ったソレは、今は欠片も気配を感じ取れない。
私はソレを知っていた。
前世で学んだ、数多ある事象のひとつとして。
落雷——ときに神の裁きとも例えられる自然現象。
雨雲すらない青天だったのに。
何故か私だけを避けて。
そんな偶然があるのだろうか。
『偶然などであるわけがなかろう』
はっとなって私は立ち上がる。
どこからか聞こえてくる重苦しい声に周りを見渡す。しかしやはり生きている者はいなさそうだった。
『そこではない、こちらだ』
声がする方向に、まさかと思いつつも私はおそるおそるそちらを見上げる。
そう、声は空から聞こえてきていた。
『ほう、懐かしい気配だと気まぐれに助けてみれば——なんとも見事な美しい黄金瞳だな』
それは、巨大などという言葉では表せないほどに大きかった。
大蛇のように長い胴体が、大空を埋め尽くして陽の光を遮っている。私に向けられた顔は鋭い角と牙が剥き出しで、その吐息にはパチパチと雷光が含まれていた。そして何よりもその体を覆う鱗と瞳は、まるで私の瞳の色のように、鈍く輝きを放っていた。
龍——黄金色の龍だ。
「わ、私を助けていただいたのでしょうか……? どうもありがとうございます」
私は自分よりも遥かに大きな彼に、萎縮しつつも深々とカーテシーで頭を下げる。震える手でドレスの裾を持ち上げたとき、ドレスに振動が伝わるのを必死に防いだ。
側から見ると間抜けかもしれないが、命を救ってもらった相手に礼を尽くすのは当然だ。ましてや助けてもらった相手に怯えるなど、貴族でなくとも私の誇りが許さなかった。
そんな私に気づいたのかそうでないのか、黄金龍の佇まいに特に変わりはない。依然として金色の瞳孔を真っ直ぐに向けて、興味深そうに私を見ている。
『気にするな。多数の男で女子を襲うなど、他種族である我からしても心地良いものではないからな。ただの人間であればともかく、黄金瞳を救うのに否はない』
重低音が私に届き、ビリビリと空気が震える。普通の貴族令嬢なら失神しているところかもしれないが、私は彼に違うものも感じていた。
どうも彼——黄金龍から、高い知性と理性が感じられるのだ。
圧倒的な威圧感や、それに伴う恐怖がないわけではない。けれどもそこに同居して、どこか泰然とした静寂さも含まれていた。
とはいえ、生物としての格が異なるのは変わらない。私は彼の機嫌を損ねないよう、慎重に会話を続ける。
「不勉強で申し訳ありません。瞳が黄金色だと、何か違うのでしょうか」
『黄金瞳は我と同じ系譜の魔力を持つ証だ。つまり同族意識というものだな。もう数は少ないが……雷龍である我と同じ雷の系譜ということだ』
「雷の……? 瞳の色でそれが決まるのですか?」
『強い魔力を持つ者が体のどこかしらに属性の色を宿すのはよくあることだ。我の鱗と瞳のようにな』
「なるほど……。私は魔法が使えませんが、それを理由に助けていただけたということですね。であれば、両親から不気味と言われ続けたこの瞳も、役に立ったというものです」
ちくりと胸の奥が痛む。
思い出しても、両親もアルバート王子も私の瞳を気味悪がるだけで誉めてくれたことは一度もなかった。
唯一綺麗な色だと笑いかけてくれたのは、私の親友——サリィだけだ。
『それほどの魔力がありながら術が使えない……? いや、それはいい。黄金色の魔力を持つ者は稀少なのだ。現在では我以外に雷を扱える者はほぼなく、むざむざと盗賊如きに壊されてしまうのは惜しかったからな』
「やはり稀少なのですね。私は雷魔法というのを寡聞にして存じませんが、もしかしたら人世から失伝しているのかもしれません。もし雷魔法が現存していれば、私も魔法が使えたのでしょうか……惜しいものです」
もしも雷魔法が王国にあったなら、私はこんな結末にならなかったのではないか——どうしてもそんなことを考えてしまう。
魔法が使えないことへの差別は、『竜の国の物語』を愛読していたころに想像したよりも、はるかにひどいものだった。
だから捕縛される前も、どうしても諦めきれずに何度も何度も同じことを確かめ続けてきた。
前世の記憶が甦ってから、繰り返し続けた行為。
魔法の呪文詠唱——本来は正しく唱えればそれだけで魔法が発動するもの。
もはや呪文は全て暗記し、そこいらの魔法使いよりもスムーズに詠唱できるほど慣れ親しんだもの。
それでも現実は残酷で。
魔法は一度も使えていない。
忸怩たる思いを隠して、私はドレスの影で拳を握り締めた。
無いものを嘆いても仕方ない。過去を悲しんでも未来は変わらない。それがここまでの歩みで学んだことだ。
護衛も御者も全滅してしまった今、この先をどうするかを考えるのが肝心だ。
だというのに、私の耳に黄金龍の囁きが聞こえた。
聞こえてしまった。
——使えるぞ、と。
それを聞いた途端に、私の胸中に制御できない感情が再び燃え上がった。
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