第10話

▪️▪️▪️

「雷龍さま、どうやったら私は魔法を使えるの!?」

 私は堪えきれずに、空を漂う彼に声を張り上げる。

 彼が私などより遥かに巨大で獰猛な生物だったとしても関係ない。こればかりは私も黙っていられなかった。


 魔法——私が焦がれた、この世界の貴族の力を象徴する術。

 私が、アリア・ロッゾが王都を追放された経緯の根幹。

 両親からの迫害を受ける理由となったモノが、今そこにあると雷龍は言ったのだ。

『どうした、落ち着け。いきなり何を急いている』

 雷龍が私をたしなめるが、もはや私は止まれなかった。


 だって、全ての原因の大元がそこにあるんだ。

 私が魔法を使えれば、こんな目に遭うことはなかったんだ。

 使えないからと諦めて、やむを得ず他の手段を探したんだ。

 それが今更になって使えるだなんて——そんなこと、許せるはずがない。


 だったら、私の苦労は何だったんだ?

 私の苦しみは何だったんだ?

 もし前提が間違っていたとするならば、それはどうして————ッ!?


 しかし、

『——お前、面白い魂の形をしているな』

 問いかけとは関わりのない雷龍のその言葉に、しかし私はようやく冷静さを思い出していた。

 相手は強大な存在だ。それを忘れて、己の欲望を露わにしてしまった——


 とんでもない失態に、私は冷や汗を流していた。

『この場でお前に魔の道を説いたところで、一朝一夕で成るようなものではない。そのような無駄なことをして何となる? それは我に楯突いてでも必要なものなのか? 答えてみよ』

 あくまで静かに彼は私に問う。

 人よりもはるかに大きな彼は、金色の瞳を細めて私を見下ろした。私と同じ瞳の色だと感慨に耽る余裕はない。

 強い眼光に晒されて、追い詰められた私にさまざまな感情が呼び起こされる。

 悲しさ、寂しさ、恐怖、諦め、やるせなさ、後悔——そして何よりも、炎のように燃え盛る怒り。


 私はキッと彼を睨み返す。

 それは自暴自棄な部分もあったと思う。側から見れば、彼に欠片でも刃向かおうなんて無謀が過ぎる。だけどそれ以上に私が私であるという誇りが、この震える手を、砕けそうな足を支えている。

 彼からしてみれば、目の前で生意気に立つ私など、吹けば飛ぶ羽虫と変わらないだろう。

 

 だけど。それでも——


 たとえこの場で彼に噛み砕かれようとも、私の歩みを決して否定させない。


「もしも今日この場が最後のときだったとしても、私は止まらない——止まれないのよ。だって私は、この世界に生きた証が欲しい。物語の登場人物じゃない、生きた人間として……」


 私は宣言する。


「魔法が使えないのはそんなに悪いことなの? 両親から蔑まれ、婚約者からは罪を被せられ、国を追放される——そんなに悪いことなの?」


 あらゆる感情が私を支配する。きっと、このとき既に私は正気じゃなかった。


「おかしいわ。おかしいわよ。なのに誰もそう言わない。誰も彼もが魔法という力に取り憑かれて支配されてる。それだけが唯一無二の力だと、強制されたわけでもないのに勝手に確信してる」


 そうだ、そして誰よりも私自身が魔法の力に取り憑かれている。


「だとしたら、私は——私が魔法を使うなら……そんなふざけた連中を世界丸ごとぶっ飛ばしてやる。そのための覚悟なんて、とっくに通り過ぎてたのよ」


 迷いなんてない。


「私はやるわ。そうじゃなければ、一体何のためにこの世界に生まれ変わったっていうのよ」


 私は宣言する。

 世界そのものと言っても過言ではない存在に向けて。

 堂々と胸を張り、片時も彼から視線を逸さなかった。

 やがてそれを聞き届けた彼は、帯電した吐息をゆっくりと吐き出す。


『いい覚悟の眼だ。……そうか、お前、転生者だな。変わった形の魂だと思ったが納得だな』

 低い声が、彼の大きな口から紡がれる。

 それは、どこか優しさを感じさせるような、温かな言葉だった。


『面白い。……お前、もし良ければ我と共に来るか? その黄金瞳の所以、我が教えてやろう』

 そうして彼は、

 人である私よりも大きな彼は、

 黄金色の龍である彼は告げた。

『一朝一夕では成らぬならば、長く刻を費やせば良い。——さればお前に魔導の真髄を教授してやる。この世界に唯一、甦った魔導師としてな』


 だから私は——答えた。

 深々と頭を下げて。

 それは貴族のカーテシーではなく、前世で学んだ礼法だった。


「お願いします。私は……アリア・ロッゾは、貴方と共に征きます」

『ならば、契約だ。世界の管理者たる雷龍の我が名を契約者たるアリア・ロッゾに求める』


 黄金龍——雷龍が、契約のために名付けを求める。

 そう言われたとき、私の脳裏には既にひとつの名が自然と浮かび上がっていた。


「……ナルカミ」

 ナルカミ。

 鳴神。

 私の前世の故郷に伝わる、雷の神を表す言葉。

 彼そのものを表した名を贈った。


 私の両目が熱を持ち、その熱が体から抜けていくのが感じ取れる。数秒もしないうちに熱は治まったが、そのときには私の両目は何かが変わったのを実感していた。

『……良い名だ。気に入った』

 黄金龍——ナルカミがにやりと笑う。

 龍の笑った表情なんて見たことがなかったけど、こんな風になるのかと感心した。

 荘厳な龍の姿であることを除いても、どきりとさせられる表情だった。もしかしたらナルカミはなかなかイケメンなのかもしれない。


『よろしい。では今この瞬間にナルカミとアリア・ロッゾの契約は成った! 新たなる魔導の歩みを祝福せよ!』


 草原にナルカミの咆哮が轟いていく。

 思えばこれが『竜の国の物語』の呪縛から解き放たれた最初の一歩だったことを、このときの私はまだ知らなかった。

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