第26話
▪️幕間三
「それで、無様に負けておめおめと戻ってきたというのか。王宮魔法使いも随分質が落ちたものだな」
頭を下げるジークに、頭上から不機嫌な声がかけられる。
声の持ち主——アルバート王子は苛立ちを一切隠さず、露骨に不快感をあらわにしていた。
ジークは何も言わずに頭を伏して跪いている。
真正面から当たって打ち破られたことに言い訳のしようがなかったのもある。しかしそれ以上に、口を挟めばアルバート王子が激昂するのが知れていたからだ。
挙げ句の果てに、今では王子の横におまけまでついている。
「仕方ないわ、アルバート様。いくら魔法に秀でているからといっても所詮は平民、しかも孤児。簡単な任務もこなせなくともやむを得ないでしょう」
桃色の髪と瞳の女が、平然とジークを詰る。
王子の愛を手に入れた男爵令嬢は、いまや特権意識に染まった貴族へと変わり果てていた。
いや、もともとこういう人間なのだとジークは思う。王子にも男爵令嬢にも、ジークは憎しみしか感じない。目の前の二人はたまたま手にした権力が故に醜悪さが目立って表面化しているだけで、人間などどいつもこいつも似たり寄ったりだ。
くたばりやがれ——ジークは決して口にしない言葉を胸に押し留める。
胸に刻まれた呪いがなければ、こんな連中など今すぐにでも押し潰してやるというのに。
「何故お前はこうも使えんのだ、このグズが!」
アルバート王子がジークの肩を蹴りつける。魔法で防御もできず、体格差で吹き飛ばされたジークはしたたかに床に打ちつけられた。
「いいか、もう一度その足りない頭でも理解できるように言ってやろう。あの女をここまで連れて来い。俺の命令の意味がわかるか?」
「……はい、承知しております」
「わかっているのであれば、何故あの女はここにいないのだ!? しかもあの出来損ないに敗北しただと!? どれほど手を抜いているのだ!」
アルバートが怒りに任せてジークの頭を踏みつける。床とブーツに挟まれて、頭がガンガンと響いた。
叱責などというものでは断じてない。それは八つ当たりに近い憂さ晴らしだ。
ジークは痛みに耐えながら思う。彼女のどこが出来損ないなのか、と。
アリア・ロッゾは魔法が使えないとの話だった。しかし、実際に出向いてみれば彼女の戦闘力は絶大で、ジークだけでなく侯爵家の私兵もまとめて薙ぎ払われてしまった。
彼女が扱った未知の魔法——果たしてアレは既存の魔法なのだろうか。
脳裏にはっきりと思い浮かぶ。黄金色の瞳を輝かせて、威風堂々とまばゆい閃光を操った彼女。
かつてない魔法の力に、ジークはなす術もなく敗北した。詠唱すらなく、どのような攻撃だったのかも正確には理解できていない。かろうじて小手先の技術で一瞬の拮抗はあったものの、明らかに死なないように手加減されていた。それほどの使い手だった。
それに——
戦闘中でかつ捕縛対象だというのに、見惚れてしまいそうになるほど美しい人だった。
あの黄金瞳に真っ直ぐに見つめられた瞬間、ジークは魅入られてしまった。
最後の瞬間、「ごめんなさい」と謝罪された。謝らなければならないのはこちらだというのに。
ジークは王家に逆らえない。このクソ野郎どもに命令されて、竜の生贄として彼女を連れ帰ろうとしたのだ。
それなのに、侯爵家の私兵も含めて誰一人殺されなかった。心根が優しい人なのだろうと、ジークは思う。
「聞いているのか、貴様! 王の叱責の最中に呆けるとは良い身分になったものだな!」
アルバート王子が更に頭を踏みつけてくる。怒鳴り声は遠くなっていた。
国王ではなく、王位を継げていない国王代理だろうに。
「この者は本当に卑しい平民ですね、アルバート様。働きもせずに身分だけ得ようだなんて」
醜く笑う女の声が聞こえる。嘲笑混じりの品のない声だ。
ジークは完全に意志を王家に支配された特殊な立場だ。報酬など雀の涙ほどしか貰っていない。
「無能のグズが!」
「卑しい平民が」
ああ、うるさい。
誰かこいつらを黙らせてくれ。
それでも、ジークは知っている。
こいつらは焦っていることを。
再度火竜に謁見した際に、火竜が激怒したのは王城に知れ渡っている。
いつまで経っても魔力量の条件を満たさない王子と男爵令嬢に、火竜は怒りを表した。早急に魔力を用意しなければ、契約を打ち切る旨の雄叫びが城中に響いたのだ。
王子は慌てて緘口令を敷いたが、人の口に戸を立てられないものだ。あっという間に城で働く全ての者に広まっていった。
幸か不幸か、城下の平民までは伝わっていない。しかしそれも時間の問題だろう。
そうなればいよいよ王国はおしまいだ。噂話だった王家の失態が事実として広まれば、民衆は黙っていない。
たとえ王家といえど、その波に呑まれればタダでは済まないに違いない。
薄れる意識の中、ジークは歪んだ夢を見る。それだけが彼女にとって唯一の娯楽だった。
「……チッ、動かなくなったか。軟弱な人形だな。父上ももっと優秀な人形を確保しておいてくれれば良いものを」
微動だにしなくなったジークにアルバート王子が舌打ちする。
一緒に暴力の愉悦を味わっていたミライラは、若干の心配を口にした。
「アルバート様、よろしいのですか? この者が使えないと、あの女の確保に支障をきたすのでは? 他の王宮魔法使いは使えないのですよね?」
「ああ、ミライラは相変わらず優しいな、こんな人形を気遣うなんて。だが心配には及ばない。いざとなればコイツの心臓に刻まれた契約魔法で、意志に関係なく動かせる」
「まあ! 逆らえないとは聞いていたけれど、そんなに便利な魔法があったのですね。それならこの者は使い捨てにしても問題ありませんね!」
「そうだ。どれだけ優秀だろうと、所詮はスラム生まれの平民だ。壊れたらまた新しい者を連れて来て人形として教育すれば良い。そのためにも、まずは火竜の要求に応えなくてはな」
アルバート王子はジークの頭を踏み躙りながら、最愛の人に笑いかける。
そこに民の不安や犠牲になる者たちの存在など欠片も映っていなかった。
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