第27話

▪️▪️▪️

 私はジークさんを下した後、ナルカミを連れて王都近郊の小町へ身を寄せていた。

 初めはより人気の少ない農村なども検討したが、ある程度の人数がいた方が逆に見つかりづらいだろうとの結論になった。

 何より、規模があれば宿がある。疲れを癒すのに屋根のある寝床は必須だ。


 今は安宿に宿泊し、身を清めた上でナルカミと現状の相談をしている。

『その顔であれば聞くまでもないかもしれぬが。大人しく庭園に帰るか、それとも王都へ戻るか。どちらを選ぶ?』

「当然、準備ができ次第王都へ戻るわ。このまま引き下がると思うの?」

『そういうわけではないが。もともと地上に降りて来た理由は、友との再会が目的だったからな。曲がりなりにもそれを果たした今、お前は何を理由に地上に介入する?』

「このままじゃ、私を匿ったとか難癖つけられて再度サリィに迷惑がかかるわ。それだけでも充分理由になるけれど、もうひとつ——」

 私は上手く言葉にできない想いを告げる。

「あの子のこと……気になるのよ」

『……ジークという娘の話か』


 そうだ。

 どこか悲しい光を宿したあの白い髪の彼女が、脳裏に焼きついて離れない。

 単に魔法がすごくて強かったからじゃない。魔導師の才能があるかもしれないなんて、もっとどうでもいい。

 なんていうか、そう——

 とても悲しそうだったのだ。

 さして変わらない年齢のはずの彼女は、まるで両親からはぐれてしまった迷子のような目をしていた。


 戦闘中も、思わず何度も声をかけてしまいそうになった。

 宝石みたいな赤い瞳に見つめられたとき、その想いはますます膨れ上がった。


 彼女をどうしたいのか。それは私自身にもまだわからない。

 けれども、彼女を放置して空中庭園に帰ってしまうと、この先の人生で拭いがたい後悔を覚える気がしていた。


『なるほどな。お前がそう望むなら我に否はない。むしろ我にも気になることがあったしな』

「あら、そうなの? ナルカミの気になることって……?」

『お前の友の住まいで途中まで話していた。王国の守護竜についてだ』

「ああ、あったわね……。アホ兄のせいで聞き逃してしまっていたわね」

 私は片眉を上げて笑う。

 ナルカミは帯電混じりのため息を深々と吐き出した。


 ナルカミいわく——

 王国が築かれる前、数百年ほど昔の古い時代のことだ。

 農耕もままならない不毛の地であった大地。今の王都の近辺に、一匹の竜がいたそうだ。


 かの竜は、火を操るのが得意な火竜だった。ただし、言葉を理解しても行いに理性など存在せず、そこら中で暴れ回ったそうだ。

 世界の管理者である龍の一柱である炎龍様が、破壊を振りまく火竜を憂いた。そして、どうにか火竜を鎮めるために、とある人間に力を貸したらしい。


 その力とは、他の生き物を縛る契約を結ぶ、龍としての魔力の使い方——私とナルカミが結んだ契約と同じ類のもの。

 ただし、炎龍様が授けたのは、私とナルカミが使ったものより、かなり人間側に有利なものだった。

 私とナルカミの契約は、基本的にお互いの理性が最低限働けば特に不自由はない緩いものだ。しかし、炎龍様の授けた契約は、相手方をほぼ隷属化させるような代物だったらしい。


 炎龍様の手助けを受けたその人間は、見事火竜を隷属化させる。そして隷属化した火竜の能力によってこの地に熱を灯し、新たな王国を築き上げた。——初代王国国王の誕生である。


「ちょ、ちょっと待って。その火竜が守護竜ってことでしょ。何よ暴れ竜って、しかもそれを隷属化させた? 歴史の内容が全く違うじゃない」

 困惑する私に、ナルカミが頷く。

『おそらく事実が歪んで伝えられたか、王家が隠したのだろうな。我も初めは勘違いを疑ったが、王都の現状からして間違いないだろう』


 守護竜は、自ら王国を守る神聖な竜ではなく、無理矢理隷属化された暴れ竜。

 それは長く王国で暮らした私にとっても衝撃的な話だった。


 少なくとも、『竜の国の物語』でそのような設定は見覚えがない。けれどもナルカミが私に嘘をつく理由もなかった。


『そうであれば、現状に説明がつく。竜の加護とやらは、隷属契約の引き継ぎに関する儀式なのだろう。そして、火竜が灰で王国を荒らしているのは——おそらく隷属契約を破るためだな。王国そのものを弱らせて魔力を集め、無理にでも契約を引きちぎろうとしている。……そんなところであろうか』

「で、でもそんな大事になっているわりには、王都は比較的落ち着いていたわよ? その点はおかしくないの?」

『知らんのだろう。先の国王は急死したようだしな。あるいは、戯言だと思って無視しているのか。いずれにしても、このままでは火竜が解放されて王国は焼け野原になるだろう。あの者が長き屈辱を許すとは思えん』


 ナルカミは冷静だが、私は絶賛大混乱中だ。

 あまりに話が大きくなり過ぎている。


『元はアリアが庭園に帰ったとしても、火竜の件だけは我の手で収めようと思っていた。現在は王国は我の管轄だからな。だがアリアは違うだろう』

 改めて、どうするかをナルカミに目で問われていた。


 私も一端の魔導師として実力を磨いてきた。まだ短い期間で道半ばといえ、ある程度の自信はある。

 だが、竜と龍の争いに首を突っ込めると思うほど慢心してはいなかった。


 そして問題は、この事実を聞いても私の王都へ向かう意志は微塵も揺らいでいないことだ。

 私はこれほどまでに愚かだっただろうかと自問する。

 勝てるはずのない戦いに突貫するのは勇気とは言わない。それはただの無謀と言う。


 けれども、サリィの声が——そしてあの赤い瞳が、私の心に逃げるなと強く語りかけてくる。

 私の願い、私の望み……この狂った世界をぶっ壊したいとナルカミに願った。

 しかし、ここにきて私の望みは破壊とは別のものに変わっていくのを自覚していた。


 魔導師とは、己の願いを魔力によって発現させる。その重みをしっかりと胸に受け止める。

 私は顔を上げてナルカミを真っ直ぐに見つめた。そこには私と同じ黄金の瞳が輝いている。

 私の決意は、自然とナルカミに伝わったようだった。


『よかろう。まぁ火竜については我が仕留めるから安心せい。アリアは己の願いと向き合い、具現化させよ。それこそが尊ぶべき契約だ。良いな?』


 私は手を胸に頷く。

 あの日の誓いは片時も忘れていなかった。

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