第25話
▪️▪️▪️
「追え! 奴を捕らえた者には褒賞を出す! 殺さなければ何をしても構わん!」
「アリアーっ!」
ボードウィンとサリィの叫びが聞こえる。その声を背後に、私は追っ手を引き連れて灰色の王都を駆ける。
幸いにも、夜ということもあり人は少ない。これであれば私の魔導師としての力を発揮できる。
追っ手は私兵が二十程度、少し遅れて真っ白いショートカットが揺れている。
不審な位置取りに私は眉をしかめる。明らかに足を緩めた様子見の位置だ。
「ナルカミ、ついて来てるんでしょう!」
『当然だ。助けが必要か?』
宙に現れた手乗りナルカミが、全力疾走の私に並走する。
契約者としての言葉だろうが、私は秒速で突っぱねた。
「この程度を切り抜けられないほどヤワじゃないわ。それより、見たでしょあの人の魔法!」
『ジークと名乗った娘だな。あの者がどうかしたか』
「あれ、本当に魔法なの!? 呪文全然唱えてないんだけど!」
言いながらも、背後に向かって電撃を放つ。死なないながらも確実に動けなくなる威力に絞った雷が、数人の私兵を吹き飛ばした。
『あの娘が使ったのは間違いなく魔法だ。驚異的なまでに磨かれた故に、限りなく魔導師の力に近づいている。おそらくは無自覚だろうが』
ナルカミが感心している。
つまり、ジークさんはそれほどまでの才能の持ち主ということだ。
「うおおおおおおっ!」
追いついてきた私兵が私に襲いかかってくる。初めて見るだろう雷操作にも怯んでいない。
流石に侯爵家の人員だけあって、質は高かった。
私は両脇から迫る追っ手を、慌てずに視認する。両手でそれぞれ魔力を軽く練ると、そのまま優しく体に触れた。
途端に追っ手二名が崩れ落ちて脱落する。軽いスタンガンのようなものだ。
「なんなんだアレは! 炎でも風でもないぞ、妖術か!?」
「知ったことかよ、囲んで袋にすりゃ変わらねえだろ!」
残った私兵が困惑と怒りの声をあげている。もちろん私が知ったことではないので、更に魔力を練っていく。
今度は放出型——雷魔導師としての面目躍如の大技だ。
紫電が空間を走り、一瞬で貫かれた私兵が五人ほどまとめて地面に倒れ伏す。
雷魔導師の強みとはなんだろうか。
私は、威力でも範囲でもなく、速さだと答える。
この世界の魔法は、必ず何らかの呪文が伴う。しかし、私の雷はそれを唱えさせるよりも速く着弾するのだ。
誰もが抗えない速さの攻撃。それが私の魔導師としての強さだ。
再度逃げながらも、王都からの脱出を目指す。ときおり背後に雷を投げながら私兵の数を減らしていくのも忘れない。
一番警戒すべき彼女は相変わらずつかず離れずの間合いでピッタリと追って来ている。
やはり撒くのは難しそうだった。
戦うしかなさそうだった。
でも戦えば負けるとは思わない。
いくら彼女が無意識に魔導師の領域に届く天才だもしても、私の魔導師としてのアドバンテージはそう簡単に覆せはしない。
加えて彼女の使う水は、私の雷と相性が良くない。戦力的に大きな優位が私にあった。
私は決意すると、背後の人数を確認する。私兵の残り人数は十人ほど。
王都の門が徐々に近づいてくる。門前の広間にたどり着くと、私は立ち止まって振り返った。
「止まったぞ! 囲め!」
「諦めたか、このまま捕らえるぞ!」
残った私兵が私を半円状に取り囲む。どうやら、まだ私の攻撃の驚異度をわかっていないようだ。
私は彼らをまとめて倒すべく、魔力を解放する。帯電した髪がざわめき、私兵たちが動揺した。
当然だが、その中にジークさんはいない。どこかで機を伺っているのか。
私は構わず魔力を発現させる。
今回はただ放電するのではなく、誘導性を持たせるために射出した雷撃を細かく操作する。
手早く私兵を全て撃ち倒してしまうと、私は雷を触媒に周囲に魔力の糸を伸ばした。
そして、数瞬の後。
来た。
私兵が倒れた瞬間に、間隙を突くようにジークさんが宙を飛んでいた。
「水よ」
呪文と共に、大量の水が空に舞う。
押し潰す気か、それとも溺れさせる気か。いずれにしても、あんなに短い呪文で行使できる魔法としては規格外だ。
私は落ち着いて、伸ばした魔力を発現させる。張り巡らされた魔力の網が、罠のように励起する。
そのまま雷に変わる魔力——魔力の誘導、操作、待機、発現と、魔導師の力と自由さを存分に発揮した必殺の技だ。
これで動けなくなる程度にはダメージを与えられるはず——そう思っていたのは、発現させた直後だけだった。
ジークさんは水で自身を包むように展開させる。私は勝利を確信していた——次の瞬間、雷が水に弾かれるまでは。
本来、純水という物質は絶縁体だ。
ただし、不純物が混じるにつれてそれが電解質となり電気を通しやすくなる。
どの水が電気を通しやすいか、通しにくいかは置いておくとして、それを彼女が知っているとは思えない。
ジークさんはおそらく私の雷を水で受けたのも観察したのを合わせて、経験則で純水を生み出したのだろう。この短い時間で……。
ナルカミですら目を見張っている。
とんでもない才覚と観察眼だった。
水に包まれたままジークさんが私に向かって落下してくる。
あれに飲まれたらおしまいだ。私は死に物狂いで横っ飛びに躱すと、ここにきてなりふり構わず魔力を解放した。
雷が荒れ狂い、水の障壁に叩きつけられる。
やはり弾かれるが、手を緩めずに連撃を放ち続けた。
無駄に感じた雷撃も、数を重ねれば徐々に異変が起きてくる。二十も雷が撃ち込まれたところで、水壁から蒸気が立ち登り始めていた。
蒸発している——雷の熱によるもの。
流石に完全な純水を生み出すのは、ジークさんにも難しいのだろう。わずかでも電流が通っていれば、それによって熱は伝わることになる。
段々と減っていく水量にジークさんも動く。水壁を維持したまま、水球を飛ばしてくる。複数の魔法詠唱——高等技術のひとつだ。
弧を描いて飛来する水球に、私は雷撃をぶち当てて相殺する。その間も水壁に雷を撃ち込み、水量を減らし続ける。
こうなってくると、魔力量が勝負だ。
私は魔力量にはそこそこ自信があるが、雷の発現は燃費が悪い。加えて相手は王宮魔法使いだ。魔力量が少ないはずがない。
私は意を決して手札のひとつを切ることに決めた。
『……やるのか?』
「ええ」
察したナルカミに私も頷いた。
攻防を繰り広げながらも、私は体に雷を纏う。
電流を操作し、磁力を発生させる。
ジークさんも変化に気づいたのか、赤い瞳でまっすぐに私を見ていた。
充分な力が溜まったのを感じる。
私は術式を解放した。
電磁加速・改。
飛行用に生み出した飛行術の改良版である。
私は地を滑るように加速して、ジークさんのへ突っ込む。人間にはあり得ない速度に、ジークさんも対応が遅れた。
雷を防ぐために前面に集中していた水壁の側面から回り込んで、懐へ飛び込んだ。
真っ白い髪が揺れ、透き通る赤い瞳と視線が交差した。
「ごめんなさい」
私は彼女の脇腹に手を当てると、雷を発現させる。
びくん、と彼女の体が撥ねる。
そのまま意識を失って倒れる彼女を支えて、そっと地面に横たえた。
『……強敵だったな』
ナルカミの言葉に黙って頷く。肩で息をしていて、答えられなかった。
消耗が激しかったが、ここで休んでいるわけにはいかなかい。私は息を整えると、ナルカミを連れて王都の門を飛び越えた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます