第29話

▪️▪️▪️

 落雷が落ちたかのような衝撃だった。

 はっ、と気づいたとき、私は何が起きているのかわからなかった。


 稲光が瞬き、耳元で雷鳴が轟く。

 私自身が生み出した雷だというのに、まるで制御が効いていない。そこら中に散らばり、走り、響いている。

 あまりの眩さとうるささに、私は目と耳を塞ぎたくなる。けれども私はの体は自由が効かず、全身が雷にさらされたままだった。


 いや、違う。

 私は気づく。気づいてしまった。


 体が、ない。

 手も足も、耳も目も、豊かな胸も蜂蜜色の髪も。どこにもない。

 私が私だと認識できる肉体の全てがなくなっていた。

 掌を見ようとすれば、そこに在るのは白く放電する雷だ。血の通った肉の気配は微塵もない。


 その代わりに。

 雷がある。

 手の代わりに雷が、足の代わりに雷が、頭の代わりに雷が、胸やお腹の代わりに雷があった。

 私は肉の体を失って、雷の体を手に入れていた。


 それを理解した途端に、荒れ狂っていた雷はぴたりと収まっていく。

 一度わかってしまえば、簡単だった。

 これまで以上に——まるで失くした己の手足のように、自在に雷を操作できている。

 満ち溢れる魔力が、私にできることを教えてくれた。


 だから、細かい事情はいったん置いて、まずはすべきことをすることにした。


 私は獣に喰らいつかれる寸前のジークさんに目をやる。私に向けられた赤い瞳が驚愕に染まっている。こんなときでも彼女の紅瞳は宝石よりも輝いている。

 その様子に、私はなんだか違和感を覚えた。

 いや、彼女がおかしいというわけではない。強いて言うなら、彼女も含めた全てがおかしかったからだ。


 彼女たちは、時間が凍りついたかのように動きが止まっていた。

 いや、よくよく見れば完全に止まってはいない。かすかに動き、わずかに進んでいる。

 それは私も同じだった。

 私は気づく——これは、私の思考が加速しているのだ、と。

 雷の体に付随する能力なのか、はたまた別の要因によるものかはわからない。

 しかし、気にする必要はなかった。すべきことは変わらないからだ。


 最早止まっているようにしか見えない獣に、失くしたはずの手を振り上げる。

 何の躊躇いもなく振り下ろすと、私の意志通りに閃光が走った。


『——遅い』


 私の体から切り離されるように飛んだ雷光は、寸分の違いなく獣を撃ち貫く。間違ってもジークさんが巻き込まれることがないように、最低限の力を、最高の速度で。


 獣は私の雷を受けると、悲鳴すら上げずに吹き飛んで動かなくなる。それを無感情に見つめながら、ナルカミから教えられた魔導師の力について思い出していた。


 それは魔導師として片足を踏み出したころ——まだ空中庭園を訪れて間もない時期の話だ。

 ナルカミは魔導師として魔力を発現させるに当たって、ひとつの注意点を私に教えてくれた。

 それは、魔力を私自身として発現させてはいけないということだった。


 魔力の発現は、魔導師にとって願いを叶えるための術だ。

 定型でしか発動できない魔法とは異なる、自由そのものを現したかのような太古の技術。

 かつて、その技術でひとつの実験を試みた魔導師がいた。


 彼はひとつの疑問を抱いていた。

 それは、あらゆる力を表現できる魔力であれば、己自身を魔力で発現させるのも可能なのではないか、というものだ。

 彼はもし体を魔力で構成させられれば、老化や病、死すらも超越できるのではないかと考えた。


 他の魔導師からは不可能だと言われ、魔法使いからは夢物語だと嘲られた。

 それでも彼は研究を続けた。狂気としか言い様のない執念で。

 その結果、ついに彼はたどり着いたのだ。


 結論から言うと、彼の願いは叶った。

 強く願いを乞い魔力の発現をイメージすれば、生物の体は魔力に置換できることを証明した。

 彼は全身を魔力に置き換え、誰よりも魔力に近しい魔導師そのものとなった。


 ——引き換えに、二度と人間に戻ることは叶わずに。


 かの魔導師と、今の私は同じだ。

 私は、雷そのものと化していた。


 雷の体は私にとてつもない全能感をもたらしていた。

 大気に漂うあらゆる電流が、生物の体に宿る生態電気が、私の知覚として働いている。

 当然、それらを操作するのも造作もないことだった。私は残った獣どもを正確に認識すると、その全てに対して魔力を強制的に励起させる。

 励起した魔力は、私の導きで当然雷となる——自身の体そのものから放電を受けた獣は、なす術もなく全滅した。


 まさに一瞥。

 人間には過ぎた力だ。


 辺りには感電して死骸となったおびただしい数の獣が転がっている。焦げ臭そうな煙が上がるが、今の私に嗅覚はないようだった。

 防壁の外には、私とジークさん以外に動いているモノはいない。

 私自身も含めて、全員が呆気に取られていた。

 防壁からの歓声すら聞こえない。それほどに圧倒的だった。

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