第40話

▪️▪️▪️

「……それが私の雷を防いだのね」

 私の魔導師としての力。

 雷撃を生身で弾いたミライラ嬢は、服が焼け落ちて胸元を曝け出していた。


 雷は単に強力な電気というだけではない。強い電流には熱が伴う。それによって衣服が焼けてしまったのだろう。


 しかし、今はそんなことはどうでもいい。問題なのは、顕になった彼女の胸元だった。

 そこにあるのは人間の体ではなく、赤い鱗——ナルカミの鱗と似たものがそこにあった。


 あれが私の雷を防いだのか。私は自然と目を見張って鱗を観察していた。

 竜の鱗、なのだろうか。ナルカミの体に生えている物にそっくりだった。

 色からして、王国の守護竜——火竜のものだろう。

 全身を覆っているわけではなさそうだが、まばらに生えている鱗が、私の雷をちょうど当たったらしい。


「……あんたのせいよ」


 はだけた胸元を庇いながら、ミライラ嬢が私を睨む。


「守護竜さまに認められるには膨大な魔力が必要なのよ。ましてや今は王都上空に化け物がいる非常事態……一刻の猶予もないから、足りない分は私の体の一部を捧げたわ」

「——その鱗は、守護竜との契約のものなのね」

「そうよ。守護竜さまは私の魔力の足りない分を別の物で代用してくれたわ。本当はあんたさえ捕まっていれば、こんな体になるつもりはなかったけれど……」

「私を生贄にして魔力の糧にするつもりだった、と」

「あんたが大人しくしてれば、私は人間の体のままで済んだのよ」


 ミライラ嬢の眼が憎悪に燃える。

 その様子に『竜の国の物語』の主人公である名残はもはや残っていない。昏い感情に染まったひとりの人間が、ドス黒い気配を放っていた。


 私は彼女に気づかれないよう、小さくため息をついた。

 迷いに迷う。今の彼女は爆弾だ。言ってしまえば間違いなく爆発し、下手をすれば二度と元には戻れない。


 正直に言えば、私は彼女を助けに来たわけではない。むしろ彼女と王子をぶん殴りに来たのだ。

 とはいえ、ここで見捨ててしまっていいものなのか。私には正しい選択がわからなかった。


 やむを得ず、私は戦闘体制に入った意識をとく。あくまで意識のみで、魔力は体を巡らせるのを止めない。

 ミライラ嬢が戦意を消した私にいぶかしむが、構うことはなかった。


「私は、貴女が怖かった」

「…………?」


 自然と言葉が口から漏れる。ミライラ嬢はますます眉を寄せるが、襲ってくる様子はない。


「私はずっと疑問だったのよ。私が動いたことで、本来あるはずだった未来が変わってしまった。それが良い方向だけじゃなく、悪い方向に向かったこともあるんじゃないか、って。原作を改変するという意味はわかっていたつもりだったけど、全然覚悟が足りていなかった」

「……何の話? 原作?」

「貴女もそう。私の知っている貴女は清廉で潔白で……、でも私が余計なことをしたせいで、貴女が歪められてしまったのかもしれない。ずっと引け目に感じてた。声を聞くたびに、私が無意味に与えてしまった影響を見せつけられるようで怖かった」

「……随分と失礼ね。貴族としての礼儀も知らないなんて、出来損ないと呼ばれるはずだわ。何を言ってるのか知らないけど、私が貴女に変えられたって言いたいわけ?」


 不満げな彼女に、私は告げる。

 首を横に振り、やるせなさに目を伏せた。


「——わからないわ」

「……はぁ?」

「今思えば、全ての要因が私にあるなんて傲慢なのよ。私がナルカミと出会ったのも、魔導師になったのも、全部が全部私が変えてしまった結果だなんて、普通に考えればあるはずない。そう思ったら貴女への罪悪感は薄れたわ」

「……本当に、何なのよあんた……」


 うんざりしたようにミライラ嬢がうめく。

 私はもう、何も気にならなくなっていた。


「ミライラ嬢。そんな迷いに迷った私だけれど、ひとつだけ間違いない真実を知っているわ」

「……何よ?」

 ほんの少しだけ興味が湧いたのか、彼女は私に問いかける。

 だから、私はこれまでの全てを吹き飛ばすように、彼女へ真実を告げた。


「守護竜は、契約に魔力なんて必要ないわ。貴女と王子は、騙されたのよ」

「——————は?」


 これは、ナルカミが断言した内容だ。

 元々王家の秘術は火竜を縛るものだったはずだ。そんな術に、よりによって火竜当人に魔力を与えるような契約が存在するはずがない。

 おそらく、国王陛下が急死してしまったが故に、伝えられるべきものが伝えられなかったのだ。


「な、何の証拠があってそんな真似をするっていうのよ。あんたが会ったこともない王国の守護竜さまの、何がわかるっていうの」

 震えながら、ミライラ嬢が私に問う。私は真っ直ぐに瞳を見ながら返した。

「確かに会ったことはないわ。それでもわかることはある。貴女から見た守護竜は、守護竜たりえる存在なの?」

「…………!?」


 息を呑むミライラ嬢。そこに畳みかけるように私は続ける。


「私から言わせれば、守護竜なんて呼称自体が信じられないわ。契約者に過度の対価を求め、応えられなければ王国に灰を降らす。そんな存在のどこが守護者だっていうの?」

「……黙れ」

「黙らないわ。薄々感じてはいないのかしら。かの竜は非常に横暴で暴力的だと聞いているわ。謁見した貴女はそれを実感していたんじゃないの?」

「……黙れ」


 黙らない。ここで黙るくらいなら最初から口にしていない。

 それに——


「貴女だって本当は気づいているんでしょう? 他人の体をそんな風に変えるような者が、守護竜なんて呼べる存在じゃないってことに」

「黙れえええええええええええ! 火よ、あいつを焼き尽くせえええええ!」


 耐えきれずに激昂したミライラ嬢が、魔力を爆発させる。声色に乗せられた詠唱が火炎をつくりだし、玉座の間を火の海に変貌させた。


 私はそれを見て、体内で巡らせていた魔力を発現させる。先ほどとは異なり、迷わず全身を雷化する。たちまち全能感が脳を染め上げていった。

 既にリスクは脳裏から捨て去った。

 不思議と元に戻れなくなる予感はどこにもなかった。

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