第三章 ~『ケーキとお見舞い』~
次の日、いつも通り僕は学校に通う。隣に坂本がいないことに、なんだか喪失感を覚えながら、誰の注目も浴びることなく、教室に入る。
教室に入るとクラスメイト達の視線が突き刺さる。学友たちは坂本が長期入院していることを担任教師から聞いているのか、僕の隣に彼女がいないことも当然のように受け止めていた。
学園生活とは非情なモノで、坂本がいなくても円滑に進む。彼女が入院していることは皆知っているはずなのに、見舞いに行こうという声は誰からも上がらない。
坂本は自分のことを広く浅く好意を集めるアイドルのようだと語ったことがある。皆から好かれているが、誰かの一番ではない。だからいなくなったら悲しいが、ただそれだけで終わってしまう。
僕は坂本の席をちらりと一瞥する。いつも友人が集まっていた彼女の席には誰もいない。なんだかその光景を僕は寂しいと感じてしまった。
授業は進み、放課後になる。教室を後にして図書館へ向かおうとしていると、廊下で待ち構えていた小泉に話しかけられる。
「よぉ、ちょっといいか?」
「構わないけど……どうかしたの?」
「坂本の具合はどうだ? 才谷なら何か聞いているんだろ」
小泉は坂本にメッセージアプリで訊ねたそうだが、元気だよとしか返ってこないのだそうだ。心配をかけさせまいとする、坂本らしい答えだった。
「そんなに気になるのなら、お見舞いにいけばいいのに」
「それができればなぁ……ほら、言っただろ。年上の恋人がいるってさ。もし他の女のお見舞いに行くなんて知られれば、俺はあいつに殺されかねない」
「意外と尻に敷かれているんだね」
「惚れた弱みって奴だな」
イケメンでも色恋沙汰で苦労することがあるのかと驚かされる。性根は悪い奴ではないのかもしれない。僕の中で小泉の評価が僅かばかりに上昇した。
「また様態が分かったら教えてくれよ。じゃあな」
それだけ言い残して小泉は去っていく。僕はそのままの足で、自然と図書室へと向かっていた。
辿り着いた図書室には数えるほどしか人がいない。静寂な空間で貸し出し受付に座るが、隣に坂本がいないためか、寂しさが僕の心を喪失感でいっぱいにする。
「本好きの生徒には悪いが、今日はさぼろう」
図書委員は僕しかいないため、誰もいないと、貸出業務ができなくなるが、この調子では仕事にも手がつかない。それに何より西郷隆盛でさえ薩長同盟の会合をすっぽかしたのだ。僕のような凡人が図書委員の仕事をすっぽかしたとしても、世に与える影響は微々たるものだ。
図書室を後にした僕は、坂本のいる病室へ向かう。早く彼女の顔が見たくて、駆け足になっていたためか、学校から十分もかからずに病院へ到着する。
「才谷くん、来てくれたんだね♪」
坂本の笑顔を見ると、心の喪失感が埋まっていくのを感じる。先ほどまでの寂しさはどこかへと吹き飛んでいた。
「才谷くんは甘いモノとか好き?」
「好きだけど」
「ならこれ食べてよ」
坂本のベッドの傍にはお見舞いのフルーツやケーキが山のように積まれていた。
「私の家族や親戚が持ってきてくれたの。美味しそうでしょ」
「そうだね。でもだからこそ僕が食べるわけにはいかないよ」
お見舞いの品には、回復して欲しいという気持ちが詰まっている。第三者の僕が口にするのは間違っている。
「でもこのままだと捨てることになるから」
「坂本さんが食べればいいだろ」
「食べたいんだけどね。口が受け付けないの……私、点滴で食事しているから」
「…………ッ」
弁当を三つも食べていた頃の坂本からは想像もできない言葉だった。なんだか悔しさに似た感情が湧き出てくる。
「ふふふ、才谷くん、君が辛そうにしてどうするの?」
「それは……」
「気にしないでよ。それにこれはこれでダイエットになるからいいかもね」
いいはずがない。僕は拳をギュッと握りしめる。
「そうだ。さつまいものケーキがあるの」
坂本が取り出したケーキのパッケージには、鹿児島の桜島を背景にスイートポテトが描かれている。見ているだけで食欲がそそられるデザインだ。
「このケーキがどうかしたの?」
「才谷くんの力で、龍馬が鹿児島にいた頃の記憶を体験できないかなと思ったの」
「ケーキをトリガーにしたことは今までないね。でも鹿児島かぁ……坂本龍馬と楢崎龍が新婚旅行をした場所だよね……」
成功すれば、二人の関係性をより知ることができるかもしれない。物は試しだと、僕は箱に入ったケーキを受け取った。
「挑戦してみるよ。失敗しても落ち込まないでね」
「私も無茶なお願いをしているって自覚はあるから。気負わなくてもいいからね」
坂本はそう言ってくれるが、折角なら成功させたい。僕は坂本龍馬が楢崎龍を愛していたかの真実を確認するため、能力を発動する。視界が白く染まり、世界が移動を始めたのだった。
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