第二章 ~『さな子との再会』~


 寺田屋を後にした僕は、記憶に残る歴史地図を頼りに京都の街を彷徨っていた。


「確か薩摩藩邸は寺田屋から一キロくらいの距離なんだよね」


 西郷隆盛の住む薩摩藩邸は堀川の傍に建てられているため、水の匂いがする方向へと歩みを進めていく。


 すれ違う人々は武士が多く、ピリピリとした雰囲気を放っている。これは長州の残党がどこにいるのか分からないため、幕府筋の武士たちが目を光らせているからだろう。


 そんな時である。前方から一人の女性が歩いてくる。切れ長の睫毛と整った顔立ち、そしてピシっと背筋を伸ばした凛々しい彼女は、僕の知っている人物だった。


「龍馬さん!」

「さな子さん、お久しぶりです」


 千葉道場で龍馬に好意を寄せていたさな子である。彼女は僕の元へと駆け寄ってくると、勢いよく抱き着いた。


「龍馬さん、会えて嬉しいです♪」

「僕もですよ」

「あぁ……龍馬さん……いつまでもこうしていたいです♪」

「それはちょっと恥ずかしいですね」


 僕はさな子を振り払うと、彼女の顔をマジマジと見つめる。以前見た時よりも年を重ねて美しさを増していた。太陽の光が反射し、まるで後光でも差しているかのようである。


「龍馬さん、どうかしましたか?」

「別に何も……」

「さては私に見惚れていましたね?」

「そんなことは……それよりも一人で京都まで来たのですか?」


 この時代、女性の一人旅ができるような交通も治安も存在しなかった。特に江戸から京都となると一月以上は必要とするため、さな子一人とは考えにくい。


「いいえ、兄さんも一緒ですよ……兄さんが仕事で京都に来る用事があったので、一緒に付いてきたのです」

「重太郎さんは反対しなかったのですか?」

「しましたよ。ただ私が龍馬さんに会いたいと伝えると、渋々了承してくれたんです」

「なるほど」


 重太郎は妹のさな子の旦那に龍馬をと考えていた。少しでも二人の仲を深めるために、同行を許可したのだろう。


「重太郎さんはいまどこに?」

「兄は近くの宿で休んでいます。だから私は一人で京都散策を楽しんでいたんです」

「京の街を独り歩きは止めた方が良いですよ。最近の京都は物騒ですからね。宿に戻るべきです」

「ふふふ、龍馬さん、忘れたんですか。私は北辰一刀流の使い手なんですよ。並みの男相手なら敗れるはずもありません」

「そういえばそうでしたね」


 龍馬が姉に送った手紙には、さな子を紹介するようなエピソードも含まれており、そこには彼女が男よりも剣の腕が立ち、乗馬などの武芸が得意な女性だと記されていた。龍馬からそこまで認められた彼女であれば、並みの侍くらいなら倒してしまえるのであろう。


「龍馬さん、この後の御予定は?」

「実は大事な用事があって……」

「なら私は当分京都に滞在していますので、折を見て一緒に食事にでも行きましょう♪」

「是非」


 僕はさな子を置いて、目的地である薩摩藩邸を目指す。彼女は名残惜しそうに、僕の背中をジッと見つめ続けるのだった。


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