第四章 ~『お葬式とお別れ』~


 坂本は僕に見守られながら、病院で息を引き取った。小説なら奇跡が起きて助かることはあっても、現実はそう上手くいかない。


 僕の初めて恋人はもうこの世にいないのだ。


 それを実感させられるように、葬儀がすぐに行われた。たくさんの人が来て、知らない顔もたくさんあった。彼女の交友関係の広さを物語っているかのようだった。


 僕は葬儀の場でパイプ椅子に腰掛けながら肩を震わせる。僕だけじゃない。他のクラスメイトたちも泣いている者は大勢いた。彼らが坂本のことを大切に想っていたからこそだ。


「才谷、元気出せよ」

「小泉……」


 僕の隣の席に座ると、彼は肩を叩く。小泉も悲しいはずだが、涙は見せていない。強い男だと改めて思う。


「僕は平気さ」

「強がるんじゃねぇよ。坂本とは、俺よりも親密だったんだろ?」

「君よりは間違いなくね。なにせ恋人だったから」

「――――ッ……や、やっぱりか。暗にそうだとは気づいていたが、坂本の恋は成就したんだな」

「君の応援のおかげだ。だから僕も自分の気持ちに正直になれた」


 なにせ僕はひねくれ者だ。小泉が後押ししてくれなければ、坂本を前にして素直になる勇気を持てなかったかもしれない。その点でも感謝していた。


「坂本の奴、男を見る目はあったんだな」

「僕がそれほど良い男かい?」

「おう。俺が女なら惚れているぜ」

「やめてよね。残念ながら君は男なんだから」


 冗談を交わしたことで、僅かに元気が湧いてきた。押しつぶされそうな悲しみとも戦える気がした。


「僕はもう大丈夫。それより山崎さんが心配だ」


 山崎梨花。彼女は坂本が最も仲良くしていた友人だ。二人の関係性がどれほど親密なものだったかは知らないが、少なくとも梨花の方は坂本を大切にしていたと、流している涙の量が証明していた。


 僕は僅かばかりだが口角が上がる。坂本は誰かの一番になれないと卑下していたが、きちんと親友がいたのだ。


「僕、慰めてくるよ」

「お、おう」


 僕らしくない行動に小泉は戸惑う。だが龍馬なら、あのいけ好かない男なら、困っている女の子を放っておかないはずだ。


 僕は梨花に近づくと、ハンカチを手渡す。彼女は僕の顔を一瞥した後、「ありがとう」と礼を伝えて、涙を拭った。


「才谷にもいいところはあるのね」

「僕は坂本さんが惚れた男だよ。あるに決まっている」

「ふふ、それもそうね」


 梨花は無理矢理にでも笑みを浮かべる。坂本の性格をよく知っている彼女だ。笑って見送ってあげるのが正解だと気づいたからだ。


「坂本さんとの付き合いは長いの?」

「幼稚園の頃からね。俗に言う幼馴染って奴ね。家も近くだったし、お互いに両親が忙しくて家にいなかったから、いつも二人で遊んだわ」


 言われてみれば、病院で坂本の両親と鉢合わせたことはなかった。喪主をしている姿は冷静な態度で、どこかホッとしているようにさえ感じられた。


「でも忙しいのも仕方ないのよ。両親は二人共社長だし、牡丹の病気のお金もかかるから、仕事も止められないしね」


 そのことをきっと坂本自身も理解していたのだろう。だから両親について口にすることはなかったし、僕に傍にいて欲しいと縋ったのだ。


「牡丹は周囲に気を遣える優しい娘だったわ。いつも自分を押し殺して、我儘も言わなかった。でもね、そんなあの子がただ一つだけ望んだものが、あんただったの」

「…………」

「だから私からもお礼を言わせて。私の親友を幸せにしてくれて、ありがとう」


 それは誤解だ。救われたのは坂本ではなく、僕の方なのだ。抑え込んだはずの涙が、再び顔を出す。暖かい液体が頬を伝って流れ落ちるのだった。



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