第四章 ~『龍馬の愛した打ち上げ花火』~


 世界が移り変わり、目を覚ますと、頭を撫でる柔らかい感触が広がる。坂本が僕の頭を優しげに撫でていた。


「どうやら間に合ったようだね」

「才谷くん、もしかして謎が解けたの?」

「ああ。坂本龍馬は楢崎龍のことが好きだったよ」


 僕は追体験した記憶を坂本に語る。龍馬が楢崎龍のために知り合いに頭を下げて回ったことや、どれだけ反対されても花火を打ち上げることを諦めなかったことを話すと、彼女は嬉しそうに笑う。


「ふふふ、まるで龍馬は才谷くんみたいだね」

「龍馬が僕みたいか……まるで僕の方が偉大な人間のようだね」

「私の中ではそうだよ。世界中の誰よりも才谷くんは凄い人だよ」


 過大評価だ。僕では維新を実現することも、薩長同盟のために働くこともできない。できるのは女の子に花火を見せてあげることだけ。


「ねぇ、才谷くん、聞いてもいいかな」

「なんなりと」

「私のこと好きでしょ?」

「ああ。好きだよ」

「ふふふ、堂々と口にするなんて、ひねくれ者の才谷くんらしくないね」

「僕は正直者だからね。ひねくれ者は嘘吐きとは違う。僕は君が好きだ。この気持ちに嘘はない」

「疑ってなんかないよ。なにせ私のために剣道大会で優勝してくれるんだもの。龍馬でもこんなことできないよ」


 坂本は窓の外で打ちあがる花火を見つめながら、僕の手を掴む。その力は弱く、いまにでも消えてなくなりそうだった。


「私たち、恋人同士だよね?」

「愛し合っているんだから当然だろ」

「ふふ、才谷くんと恋人かぁ。初恋の人と恋人になれるなんてロマンチックだなぁ」

「僕も人生で初めて好きになった君と恋人になれて良かった」


 嘘ではない。人付き合いが苦手な僕が心から愛した人間は坂本牡丹、ただ一人だ。


「でもね、私が死んだら新しい恋人を作ってもいいからね。もちろん、数日とかでできちゃうと嫌だけど、私は才谷くんが幸せだと、それだけで嬉しいから」

「僕もだ……僕も君に……」


 生きていて欲しかったとは言えない。口にしては、彼女に後悔を与えるかもしれないからだ。呪いの言葉をギュッと抑え込み、代わりに涙が頬を伝う。人のために涙するなんて、初めての経験だった。


「才谷くん、もしかして泣いてくれているの?」

「こ、恋人が亡くなるんだ。当たり前だろ」

「私のために泣いてくれるなんて嬉しいなぁ……でも視界がぼやけて、折角の才谷くんの泣き顔も見れないや……どうやら私はもうちょっとで死ぬみたい……」

「それは君も泣いているからだよ。僕の視界も涙でぼやけているからね」


 目尻に溜まった涙のせいで、彼女の顔が歪んで見える。きっと坂本も同じなのだと希望に縋るが、ゆっくりと首を横に振って否定する。


「才谷くん、私の事忘れないでね」

「当たり前だ!」

「嬉しい。私はね、世界中の誰よりも、私だけの坂本龍馬が好きだったよ」

「僕もだよ。僕も、世界中の誰よりも、僕だけの楢崎龍が好きだった」


 僕の本心を聞くと、坂本は瞼を閉じて満足げに笑う。龍馬の愛した打ち上げ花火は、最後に満足げな顔で牡丹花火を咲かせたのであった。


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