第四章 ~『龍馬が愛した謎』~
僕が目を覚ますと、隣には楢崎龍が寄り添っていた。視界には暗闇の空と、闇で染まった関門海峡が広がっている。
「僕は巌流島にいるんだよね?」
「ふふふ、どうしたんですか、龍馬さん」
「念のための確認さ」
「もちろんですよ……もしかして大きな仕事が終わったから、気が抜けて、物忘れが酷くなっちゃいましたか?」
「そうかもね」
巌流島は坂本龍馬と楢崎龍が新婚旅行で訪れた場所だ。この時点で龍馬は薩摩と長州に薩長同盟を組ませることは成功している。あとは時間さえ経過すれば、幕府は薩長の武力を恐れ、大政奉還が実現する。
「大政奉還が実現すれば自由な世界がやってくる。誰でも自由に海外へ行けるし、武士も商人も農民も皆が平等になる」
「そうなれば二人で海外に旅行へ行きたいですね」
「そうだね」
龍馬と楢崎龍はいつか海外へ行こうと約束していた。しかし二人の夢は叶うことがない。これから一年もしない内に、龍馬は暗殺されてしまうからだ。
「それで龍馬さん、今日は何のために巌流島へ?」
「それは……」
「ふふふ、嘘ですよ。実は私、何の用で巌流島を訪れたのか知っているんです……花火を打ち上げる予定なんですよね」
「バレていたんだね」
秘密を露呈すると同時に、関門海峡に花火が打ちあがる。綺麗な牡丹花火が闇夜を照らしていた。
「綺麗ですね……」
「大政奉還実現の前祝いさ」
「ふふふ、本当、龍馬さんは嘘ばっかりですね……私、知っているんですよ。本当は私のために花火を打ち上げてくれたんですよね」
何のことだろう。心当たりがなくて黙り込んでいると、楢崎龍はニヤニヤと笑みを浮かべて、言葉を続ける。
「実は私たちがお世話になっている伊藤さんから、すべての事情を聞いたんです」
伊藤とは長州藩士の一人で、政財界にも顔が効く重鎮だ。龍馬に住む家を提供したり、新婚旅行の費用を捻出したりもしてくれた経済支援者でもある。
「龍馬さんが何としても花火を打ち上げたいと頭を下げて回ったんですよね。この大事な時に何をと怒る人もいたと聞きました。けれどあなたは批判されても止めなかった。すべては私に思い出を残してくれるためだったんですね」
龍馬は新婚旅行が終われば、日本のために働くため、楢崎龍から離れることになる。だからこそ寂しくならないようにと、彼女に思い出を残そうとしたのだ。
「私、ずっと不安だったんです。本当は私のことが好きじゃないのかもって」
「…………」
「龍馬さんは女性から慕われる人ですから。色んな女性があなたに好意を持ちましたし、千葉道場のさな子さんもあなたのことが好きだったと聞きました」
「それは……」
千葉さな子が龍馬のことを愛していたのは間違いない事実である。彼女は死ぬまで龍馬を慕い、独身を貫いた。
「あんなに可愛いくて、家柄もしっかりしている女性。男性なら誰だって好きになります。妹を助けるために悪人の屋敷に乗り込むような私とは大違いだと、いつも劣等感に苛まれていました。ですが、私は一つだけ勝っていることがあります」
「…………」
「それはあなたを想う気持ちです。それと同時に、龍馬さんが私の事を愛してくれていると、いま、確信しました」
好きでもない女に思い出を残そうとする男はいない。坂本のために剣道大会で優勝した僕だからこそ分かる。龍馬の気持ちは確実に楢崎龍を向いている。
「僕も君のことが好きだ」
「はい。私もです……龍馬さん、私はあなたのお嫁さんになれて本当に良かったです」
楢崎龍は打ちあがる花火を目に焼き付ける。きっと彼女はこの光景を忘れない。僕も脳裏へと刻み込むと、視界が再び白く染まり、元の世界へと移動した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます