第四章 ~『最後の心残り』~


 病院へ辿りつく頃には夕陽が世界を朱色に染めていた。僕は一刻でも早く坂本に会いたいと、彼女の病室へ急ぐ。


 病室の扉は開いていた。坂本がベッドの上で沈んでいく夕陽を悲しげな横顔で眺めている。


「坂本さん……」


 坂本が振り向くと、その顔は今にも死んでしまいそうなほどに真っ青で、体に繋がれたチューブの数も以前見た時より増えている。


「才谷くん、来てくれたんだね」

「そりゃ来るさ。僕たち友達だろ」

「ふふふ、そうだね。でもそれも今日で終わりだよ」

「どういうこと?」

「私ね、今晩、死ぬと思うの……」

「まさか……」

「そのまさかだよ。眩暈がずっと止まらなくて、体温も凄く高いの。それに何より自分の身体だもん。命が終わりを迎えようとしていることくらい自分で分かるよ」

「坂本さん……」

「才谷くん、お願いがあるの。手を握ってくれないかな……やっぱり一人で死ぬのは寂しいからね」

「…………ッ」


 僕は坂本の意思に応えるように、その白い手をギュッと握りしめる。まるで焼けるように熱い体温が手の平に広がる。


「坂本さんに報告したいことがあるんだ」

「報告?」

「今晩、花火が打ち上げられることになった」


 僕は剣道部の皆や、クラスメイト達が協力してくれたこと、理事長が理事会に働きかけてくれたことなどを伝えると、彼女は嬉しそうに微笑む。


「坂本さん、学校の皆は君に感謝していた。だから君のために皆が協力してくれたんだ……君は皆から必要とされていたんだよ」

「ふふふ、私は幸せものだね……」

「そうさ。幸せ者さ。こんなにも大勢の人間から愛された奴なんて、君と龍馬くらいのものだ」

「面白いこと言うね……龍馬のように私のこと、みんなの記憶に残り続けるかな?」

「間違いなくね。もちろん僕も忘れない」

「ふふふ、ありがとう……」


 坂本は乾いた笑みを漏らす。窓の外の夕陽は沈み、夜の帳が落ちていく。彼女の青白い顔を隠すように暗闇が病室を染めていく。


「そろそろ花火が打ちあがる頃だ」

「綺麗な花火かな……」

「坂本さんと同じ名前の牡丹花火だよ」


 窓の外を眺めていると、火薬の破裂音が響く。打ち上げ花火が闇夜に炎の花を咲かせる。


「綺麗だね」

「ああ」

「これで何も思い残すことは……あるね」

「あるの?」

「楢崎龍の残した疑問。龍馬が彼女を愛していたかどうか、最後まで分からないままだったからね」

「……諦めるのはまだ早いかも」

「どういうこと?」

「龍馬は楢崎龍のために花火を打ち上げたんだ。この光景をトリガーにすれば、その時間を追体験できるかも」


 龍馬は新婚旅行で花火を打ち上げている。きっとロマンチックな雰囲気にもなるだろう。その時ならきっと龍馬の真意を知るための手掛かりが得られるはずだ。


「ただ君との時間が……」


 坂本はもしかすると今にでも死ぬかもしれない。もし追体験している間に、息を引き取っていては後悔してもしきれない。


「才谷くん、確認して」

「でも……」

「私、この謎を解くまでは死んでも死にきれないもの。絶対に生きて待っているから。ね、お願い」

「分かった……」


 坂本の最後の願いを叶えるべく、僕は意識を集中させる。追体験するトリガーが起動したのか、視界は白く染まり始めた。

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