第四章 ~『牡丹花火の申請』~


 剣道大会で優勝した僕たちは、優勝旗を学校へ持って帰る。これは実に十年ぶりの快挙ということで、校内は剣道部の話題一色に染まる。


 だが僕としては優勝旗の存在も、校内での評判も、色めき立つ部員たちもどうでも良かった。僕は剣道部に所属した本当の目的を果たすために、廊下で部長の立川を捕まえる。


「才谷くん、どうかしたのかい?」

「僕たち剣道部は優勝しましたよね」

「我が校の優勝は夢ではないよ」

「なら花火は打ちあがるんですよね?」

「もちろん。申請さえすれば打ち上げて貰えるよ」

「申請が必要なんですね……」


 優勝すれば自動的に打ちあがるものだとばかり思い込んでいた。


「申請は断られることはないはずだよ。ただ花火ではなく、部費の増額を褒美として申請することもできるから、どれにするかを選ぶ必要はあるけどね」

「部費の増額も選べるんですか!!」


 花火ではなく部費の増額を選べるのは想定外だ。勝利への意欲が強い立川なら花火より部費の増額を望む可能性は高い。


「もしかして才谷くんは花火が見たいのかい?」

「はい……駄目でしょうか?」

「いいや、駄目じゃないさ。君が意外とロマンチストなことに驚いただけさ」


 立花の中で僕の印象が大きく変化する。僕が花火を楽しむような人間でないことは僕自身も自覚していたため、驚きも自然な反応だった。


「いいよ。花火を申請しよう」

「でもいいんですか? 部費が増えれば新しい防具も変えますし、練習のための遠征費も手に入りますよ」

「いいんだよ……なにせ俺たち剣道部が優勝できたのは才谷くんのおかげだ。文句を言う奴もいないさ」

「立川さん……」

「それに俺もロマンチストだからな。花火を見たいんだ」


 僕に気を使っての一言だった。剣の腕は僕の方が上でも、人としての器の大きさは、この人の足元にさえ及ばない。


「申請してから最短でも一か月必要になるから、早く申請しないとね。才谷くんは花火の種類に希望はあるかい?」

「希望の花火ですか……」


 花火には形や色で種類が数多くに分かれているが、代表的なのは菊花火と牡丹花火の二種類だ。どちらも打ち上げられた花火が空で粉々になって燃焼することで、夜空に光の模様を描くが、彗星のように軌道を描いて落下していく花火を菊、その場で留まるような輝き方をする花火を牡丹と呼ぶ。


「牡丹花火でお願いします」


 僕は坂本牡丹の顔を思い浮かべながら、そう願う。立川は何かを察したように、口元に小さく笑みを浮かべていた。



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