第三章 ~『ベンチで過ごす昼休み』~
準決勝が終わり、残すは決勝戦だけとなったところで、昼休憩の時間になった。選手の体力を回復させるためか、休憩はたっぷり一時間もある。
「ご飯は食べなくていいや」
僕は何も食べずに空腹を維持することを選択する。飢えた獅子は闘争本能が引き出されるように、きっと僕も空腹の方が強くなれるはずだ。
会場の外のベンチに座り、空を見上げる。青空の海を雲が流れる光景は、龍馬がかつて見た自由の象徴である。
「龍馬は不可能だと思われていた討幕を実現したんだよな……」
なら藤田を倒すくらいのこと、実現できなければ龍馬に笑われてしまう。僕は雲に向かって笑みを浮かべていると、ふいに視界が男の顔で一杯になる。
「才谷、ちょっとだけ時間いいか?」
話しかけてきたのは海王高校の藤田だった。
「構わないけど……仲間の部員たちと一緒にご飯を食べなくていいの?」
「俺に仲間などいない。剣士とは常に孤高なのだ」
「友達いないんだね……」
「違う、孤高なのだ! そういう才谷こそ群れなくていいのか?」
「僕も孤高だからね」
「ふむ。やはり剣士はそうでないとな」
藤田は僕の座るベンチに無理矢理腰かけると、じっと僕の顔を見つめる。顔が近くてなんだか怖い。
「才谷、俺の剣はどうだった?」
「凄かったよ。不快に思うかもしれないけど、僕に匹敵する強さだ」
「才谷と同格か。不快どころか、どんな褒め言葉より嬉しいぞ」
藤田は嬉しそうに笑うが、僕と同格で喜ぶとは変な奴である。
「実は小学校時代、非公式の試合だが才谷と一度だけ戦ったことがある」
「覚えてないなぁ」
「無理もない。開始一秒の面打ちで敗北したからな」
現在の藤田とは程遠い、どこにでもいる平凡な剣道部員。それが僕と戦った時の彼だった。
「それは悪いことをしたね」
「仕方がない。弱い俺が悪いのだ……だが悔しかった。同じ年齢の少年にまるで歯が立たなかったのだからな。だが俺は練習を重ね、現在の実力を手に入れた」
「…………」
「剣道で俺の右に出る者は一人としていない。それは才谷とて例外ではないことを決勝で証明してやる」
「僕もただ遊んでいたわけではないからね。簡単には負けてあげないよ」
坂本龍馬の人生を追体験する中で、僕も剣の腕を磨いてきたのだ。実戦経験なら誰にも負けない自信があった。
「遊んでいたわけではないか……それにしては京都で出会った時、女を連れていたようだが?」
「坂本さんのことが気になるの?」
「剣士に女など不要。俺の憧れる剣豪たちは、剣の道一筋だった。宮本武蔵しかり、佐々木小次郎しかり、坂本龍馬しかりだ」
「前者二人はともかく龍馬は女にどっぷり浸かっていたよ」
それどころか藤田の理想とは程遠い、大の女好きである。
「それにしても藤田は女性が嫌いなのか……ふふ、龍馬とは大違いだ。君への印象が少し変わったよ」
「それは馬鹿にしているのか?」
「まさか。君を好きになれただけさ……だけど僕は負けない。やらなければならないことがあるからね」
「それはこちらの台詞だ。決勝戦を楽しみにしている」
藤田はそう言い残して僕の元から去る。その後ろ姿は剣豪のような堂々とした立ち振る舞いだ。彼の背中を見送った僕は、これから行われる決勝戦に思いを巡らせる。
「勝敗が見えないのは僕と藤田にそれぞれ長所があるからだ」
一撃の速度と威力は間違いなく僕の方が上だし、細かな技術でも負けるはずがないと言い切れる。しかし藤田の特技である連打。あれが厄介だ。
「連打の速度だけは僕より藤田が上だ。しかも打撃と打撃の間に隙がない」
連打を使う剣士は数多くいるが、学生の剣道レベルでは、そのどれもが完成度は低く、隙を突いて楽に倒せてきた。
しかし藤田の放つ連打は隙を突けるような甘い技ではないし、そもそも防ぎきることができるかも確信はなかった。
「せめて目が慣れていればな」
一度でも藤田と同じような連打を使う相手と戦えていれば、剣を躱す自信も付いただろうが、あれだけの使い手は知り合いにいない。
「藤田に練習を頼む訳にもいかないしね……」
僕はいままで対戦してきた相手を思い浮かべるが、藤田には遠く及ばない。きっと一条でさえ、藤田との間には大きな壁がある。
「いや、練習相手は現代に限る必要はないのか……」
龍馬の追体験で、僕は多くの剣豪と戦っており、その中で連打を使う者もいた。例えば岡田以蔵などがそうだ。彼は面打ちの後に、喉への突きを放った。あれも立派な連撃である。
「連打が得意な剣豪か……いるじゃないか」
僕はポケットから妹の咲が作ったお守りを取り出す。水と白が交じり合った誠のお守りは、新選組一番隊隊長である沖田をイメージしたものだ。
「まさか咲のお守りが本当に助けになるとはね」
新選組の沖田は連撃を得意とし、三段突きは後世にまで伝わるほどの奥義だ。その技を体験すれば、きっと藤田との戦いに自信が持てる。
「龍馬と新選組は時を同じく京都にいた。このお守りさえあれば、きっと彼と戦えるはずだ」
僕はお守りを握りしめながら能力を発動させる。視界が真っ白に染まり、いつものように世界が移動した。
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