第三章 ~『準決勝の闘い』~


 一回戦で圧倒的な勝利を見せつけた小泉は、二回戦、三回戦も同じように勝利し続け、決勝進出まで決めてしまう。そこで僕の中に一つの疑問が生まれた。


「いくらなんでも相手が弱すぎませんか?」


 小泉が強いと言っても、一人だけで決勝まで進出できるのは明らかに異常だ。


「ふふふ、それは俺のおかげだな」


 部長の立川が薄気味悪い笑みを浮かべる。まだ一度も戦っていない彼がどう戦いに貢献したのかを問うと、彼は大会の組み合わせ表を僕の前で広げる。


「俺は昔からくじ運が良くてな。俺たちのブロックに強敵が少なく、逆に相手ブロックには強豪校が勢ぞろい。優勝候補もそちらのブロックに詰め込まれている」

「運も実力の内、ということですね」

「そうだ。特に去年の準優勝校と優勝校が隣のブロックなのはありがたい」

「優勝校は海王高校ですか?」

「昨年は藤田がいなかったからな。山谷高校が優勝校で、そこの一条という男が最強の剣士だった」

「一条さんですか……」

「才谷くんも一条の剣は見ておいた方が良い。参考になるし、もし参考にならなくても、藤田の本気が見られるだろうからな」

「それは楽しみですね」


 立川の言葉が真実なら藤田はまだ実力の底を見せていないことになる。その一端を垣間見ることができれば、僕なら正確な実力を把握できる。


 そうこうしているうちに、反対のブロックの準決勝は始まった。


 海王高校と山谷高校、総合力では後者に軍配が上がったようで、先鋒から副将までの四名が敗退し、大将の藤田一人になる。


 だが勝ち抜き戦において、総合力は圧倒的な個の力に踏みにじられる。藤田が山谷高校の選手を倒し、残されたのは同じく大将の一条のみとなった。


 二人の傑物が対峙する。場の空気が重くなった気がした。


「才谷くんの予想だとどちらが強いと見る?」

「正直、一条さんがどれくらい強いか分かりません。ただ……」

「ただ?」

「藤田が僕以外に敗れている姿を想像できません」


 彼は僕の実力を知りながらも、僕と闘いたいと口にした。その気持ちが本物なら、必ず決勝まで登ってくるはずだ。


 こうしている内に、藤田と一条の試合が始まる。藤田は開始の合図と共に面打ちを放つ。しかしその一撃を一条は軽々と受け流した。


「あの高速の面打ちを止めたな」

「一条さんの実力はかなりのものですね」


 藤田は初撃で倒すことはできないと知り、再び面打ちを繰り出す。しかしそれも一条によって容易に受け止められ、それどころか返す刀で、彼に胴打ちを放った。


「一本!」


 主審の判定が下る。先にリードしたのは一条の方だった。


「才谷くんの予想は外れるかもね」

「まだ分かりませんよ。藤田は全力を出し切っていませんから」


 藤田の表情が変わる。剣道は二本先取だ。負けられない状況で、手の内を隠すことを止めたのか、意を決したように、中段に構える。


 一挙手一投足さえ、見逃せない。これから放たれるのが、藤田の真骨頂だと予感させられたからだ。


 藤田は足と腕の回転を上げて、攻撃の速度を上昇させる。面打ちを放ち、防がれたなら、後に胴打ちなど、必ず攻撃を二手交えて放つようになった。


「二段打ち……才谷くんならこれがどれほど難しいか分かるな?」

「はい……」


 二段打ちのような連続技は形だけを真似るなら簡単だが、藤田のようにほとんど一撃を放つのと同じ挙動で二打放つのは高い技術が求められる。


「あれだけ一打と一打の間に隙が無いと、合わせることも難しいですね」


 だがそれはあくまで一般論だ。僕なら容易に止められるし、それくらい藤田も知っているだろう。


 まだ何かあるはずだ。その何かを見ることができるかどうかは一条の働きにかかっていた。


「一条、二段打ちを防いでいるな」


 防戦一方ではあるものの、一条は藤田の二段打ちをすべて捌いていた。高い技術がなければ成しえない芸当に拍手を送りたい気持ちを抑える。


「このままだと勝負は付かないな」

「一条さんは防げてますが、耐えることしかできていませんからね」

「だからこそ硬直状態を解消するために、そろそろ次の一手が始まるはずだ」


 僕たちはジッと藤田を見つめる。眼差しに込められた期待に気づいたのか、鉄面の下の藤田の顔に笑みが浮かぶ。彼のとっておき、隠していた技が放たれた。


 最初に打ち出されたのは小手だった。一条はそれを見事に防ぐ。続く面打ちも驚異的な反射神経で彼は防ぐ。しかしそこからさらに剣筋は変化する。円弧を描いた刃が吸い込まれるように一条の胴へと突き刺さった。


「一本!」


 呼吸を忘れるような華麗な一撃だった。あれこそが僕のために用意した奥の手だと知り、ギュッと胸が熱くなる。


「三段打ち……しかもあれだけの速度で放つとはな……」

「天才ですね」

「才谷くんなら捌けるか?」

「正直分かりません」


 いままで常勝を確信してきた僕の自信が僅かに揺らぐが、坂本のためにも負けるわけにはいかない。


 少しでも勝利の可能性を高めるために、最後の一条と藤田の闘いを観察する。しかし結果は同じ。藤田の高速の三段打ちを前に、一条は成す術もなく敗北を喫した。


 勝敗が決し、海王高校が決勝進出の切符を手に入れる。僕は負けられない想いで、ギュッと拳を握りしめていた。


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