第三章 ~『小泉の活躍』~


 家を飛び出した僕は、龍馬記念杯の開催される会場へと辿り着く。地域でも屈指の広さを誇る体育館を貸し切りにしての試合だった。


「随分とギリギリの到着だな」


 部長の立川が僕の到着にほっと息を吐く。時計を確認すると、試合開始まで30分近くある。


「余裕ある時間だと思いますよ」

「性格の違いだな。俺は30分前だとギリギリと感じるんだ」


 価値観は人それぞれ。立川のような考え方をする人もいるのだろうと、軽く頭を下げる。


「すいません、妹とくだらないやり取りをしていたら、家を出るのが遅れてしまいました」

「才谷くんの美人な妹さんか……」


 立川は僕の家を訪れたことがあるため、咲の顔を知っている。確かに僕とは違い、容姿に輝きがある。


「才谷、妹居るのかよ。なら先輩に紹介しないとな」

「杉田さん……それはなんか嫌です」

「おいおい、なんだか俺が否定されたようでショックなんだが」

「そういうつもりはありませんよ。ただ理由もなく嫌なだけです」


 この感情に理屈はない。僕らしくない非合理的な回答だったが、杉田は仕方ないとあっさり手を引く。


「才谷くんが来たことだし、この大会のルールを共有しておこう……五対五の勝ち抜き戦になる」

「つまりは先に5勝した方が勝ちということですね」


 僕にとってはありがたいルールだ。勝ち抜き戦なら僕が負けない限り、チームとしても負けはない。


「才谷くんには大将をお願いしようと思う。いいかな?」

「た、大将ですか!」


 大将は五人の中で最後に戦うポジションだ。チームで最も頼りになり、実力が高い者が任される。


 しかし僕は新入部員だ。いくら実力で勝っているとはいえ、一年生に大将を任せるのは思い切った采配だった。


「構いませんが、先輩はそれでいいんですか?」

「もちろん。入部日数や年齢なんて関係ない。俺はチームとして勝利できるならそれでいいんだ」


 そもそも入部してから日の浅い僕をレギュラーにした時点で、立川のポリシーは明確だ。大将の座を素直に受け入れることに決める。


「さて、そろそろ一回戦が始まる。才谷くんも準備してくれ」

「分かりました」


 僕は持ってきた防具に着替えると、第一試合のために五人組の列に並ぶ。向かい合う形で対戦相手に目礼をすると、大将である僕は後ろに下がる。


「先鋒は小泉なんですね」

「あいつは高校から剣道を始めたから実践経験が足りないからな。場数を踏むなら先鋒は最適なポジションだろう」

「ですね」


 小泉が対戦相手の生徒と剣を向き合う。審判が開始の合図を告げると、彼は足を動かし、相手に接敵する。そのまま面打ちを叩き込むと、数秒にも満たない瞬時に決着がつき、会場に割れるような歓声が響いた。


「小泉やりますね」


 相手が弱いのもあるが、小泉もよくやっている。練習では強くとも本番では緊張して実力を出し切れない選手も多い。そんな中、彼は本来の実力を出し切っていた。


 小泉は同じ要領で二人、三人と打ち倒していく。勝ち抜き戦のおかげで、僕らの出番はなかった。そのまま大将相手にも圧勝し、僕らの一回戦進出が決定する。


「どうだ、才谷。俺も凄いだろ!」


 ヒーローになった小泉が鉄面を外して、ドヤッと誇らしげな表情を浮かべる。勝者には賞賛を。僕は素直に彼へと拍手を送る。


「見事だったよ。さすがは僕の友人だ」

「おうよ。この調子で俺だけで勝ち上がってやるぜ」


 勝ち抜き戦での先鋒の醍醐味は負けない限り、ずっと試合を続けられることだ。彼の実力なら強豪以外なら負けることもない。


 実戦経験は人を成長させる。大会を終えた後の彼は、きっと一段上の剣士へと成長していることだろう。


「ただ俺でもあいつには勝てないけどな」

「あいつ?」

「海王高校の藤田だよ。ほら、あそこで試合をしている」


 小泉の指差す先では、藤田が試合をしていた。開始と同時の面打ちで倒していく姿は、黄色い歓声を体育館に響かせた。


「やっぱりあいつは化物だな。あんなのに勝てる奴が本当にいるのかよ」

「僕がいるさ」

「そっか、なら期待しているぜ。親友」


 小泉は僕の背中をボンと叩く。いつから僕が君の親友になったのかと反論したくなったが、グッと言葉を飲み込んだ。勝利ムードを壊すほど、僕は空気が読めない人間ではない。


「才谷!」


 ただ一人、僕らの空気を読まない人物がいた。先ほどまでの試合を終えた藤田が、鉄面を外して駆けよってきたのだ。武骨な彼の顔は喜びに染まっている。


「勝利したみたいだね。おめでとう」

「あの程度の相手なら負けるはずもない。この笑みは才谷、お前と戦えることへの喜びだ」

「反対のブロックだし、戦うのは決勝になりそうだけどね」

「必ず勝ち上がってこい。俺の剣で切り伏せてやる」


 言葉の節々に僕への闘争心と敵意が込められている。藤田はまっすぐに僕を睨みつけた。


 黄色い歓声を背中で受ける藤田の姿はまるで坂本龍馬のようだ。僕は決勝で彼と戦えるのを心待ちにするように、藤田の視線を真っ向から受けて返すのだった。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る