第三章 ~『妹との雑談』~


 剣道部への入部が決定した僕は部長の立川から「大会は一週間後だから」と言い渡される。急な話だったが、坂本と仲直りするためにも、早ければ早いほど、僕としても都合が良かった。


「体調も万全だし、僕は誰にも負けない」


 ベッドから起き上がり、朝のストレッチをすると、咲のいるリビングへ降りる。彼女はテレビを見ながらケラケラと笑っていた。


「兄さん、今日は休日だし、朝食用意してないよ」

「いいさ。行く途中に何か食べていくことにするから」

「兄さんが休日に外出なんて珍しいね。どこ行くの?」

「大会」

「根暗選手権でも出場するの? やったね、きっと最後まで残れるよ」

「そんな大会あるもんか」

「なら友人いない選手権?」

「期待に応えられなくて残念だけど僕にも友人はいるんだ……その内、一人は僕の事が嫌いで、もう一人とは喧嘩中だけど……」


 僕は竹刀と防具を手に取り、「参加するのは剣道大会だ」と告げると、咲は驚いたように目を見開いた。


「兄さん、剣道再開する気になったの?」

「まぁね」

「私、大賛成だよ! そもそも僕より強い奴がいないから部活辞めるって、理由として恥ずかしすぎるもん。続けた方が黒歴史も封印できるし、絶対にいいよ」

「僕はこうみえても繊細なんだ。黒歴史の話には触れないで欲しいなぁ」


 僕は剣の腕には自信があるが、メンタルに関しては打たれ弱いのだ。


「そうだ、兄さんが剣道を再開するなら、あれをプレゼントしないと」

「あれ?」

「お守りだよ。ちょっと待ってて」


 咲はリビングの戸棚を漁ると、そこから水色と白色が交じり合ったハンドメイドのお守りを持ってくる。


「このお守り、咲が作ったの?」

「うん。よくできているでしょ。新選組をイメージしてみたの」


 お守りには誠の文字と一番隊隊長と記されている。


「新選組のように強くなりますようにって願いを込めたの。ほら、兄さん、歴史好きだし、嬉しいでしょ?」

「嬉しいけど……なぜ沖田?」


 一番隊隊長は沖田総司である。新選組には他にも土方や近藤や斎藤もいるのに、なぜ沖田なのか。


「ほら、沖田総司ってイケメンのイメージがあるでしょ。兄さんがイケメンになりますようにって願いもついでに込めておいたの」

「お守り一つでイケメンになれるなら、今頃恋人の一人や二人できているよ」


 僕は咲の作ったお守りをギュッと握りしめる。沖田総司というチョイスは偶然ながらも悪くない。彼は刃ではなく、病気で命を落とした。なんだか坂本が近くで応援してくれているような心強さを感じることができた。


「お守りありがとう。行ってくるよ」

「いってらっしゃい。頑張ってね……あ、そうだ。時間があるならお弁当も作ってあげようか?」

「遠慮しておくよ。お腹を壊したくないからね」

「ふふふ、そういう兄さんのデリカシーないところ、私、嫌いじゃないよ」

「ありがとう」


 僕は咲に見送られながら、家を出る。その足取りは軽かった。


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