第三章 ~『立川との闘い』~


「才谷くん、まずは我が剣道部にようこそ。歓迎させてほしい」


 立川は防具を身に付けた状態で、ゆっくりと頭を下げた。強い剣士は一挙手一投足が流れるように美しい。立川もまた剣豪の風格を放っている。


「部長は才谷と知り合いなんですか?」


 小泉は僕が立川と面識があることに驚いていた。交友関係の狭い僕が、まさか先輩と繋がりがあるとは思わなかったのだろう。


「知っているとも。なにせ俺がスカウトに行くほどの男だからな」

「スカウトに?」

「小泉は高校から剣道を始めたからな。知らないのも無理はない。中学時代の才谷くんは、日本一に輝いたこともある無敗の剣士だったんだ」


 部員たちは僕のことを知っていたのか、ゴクリと息を呑む。だが最も驚いているのは小泉だった。


「才谷って実は凄い奴だったんだなぁ。やるじゃねぇか」

「まぁね。それほどでもあるかな」

「調子に乗るな」


 小泉は僕の肩をガシガシと叩く。彼からこの台詞を聞くのは二回目だが、今度は悪い気がしない。


「さて、才谷くんの紹介が終わったところで本題に入ろう。俺が小泉の代わりに二本目を戦う。構わないかな?」

「構いませんが、後悔してもしりませんよ」

「こう見えて俺は全国で戦えるだけの実力者だ。相手が、海王高校の藤田でも互角とは言わないが、食い下がることくらいはできるほどのな」

「へぇ~」


 かつて見た藤田の動きに食い下がれるなら、立川はそれなりの腕は持ち合わせているのだろう。戦ってみたいと闘争本能が刺激された。


「やりましょう。僕と戦ってください」

「こちらこそ、君と一度剣を交えてみたかった」


 立川と礼を済ませて、対峙する。二人の視線が交差して、火花が飛び散る中、杉田が開始の合図を告げた。


 まずは腕試しだと、僕の方から最初に動く。小泉にしたように面打ちを放つが、立川は高速の一撃をあっさりと防いだ。


「とんでもなく早い面打ちだね」

「僕も驚いています。さすがは強豪校の部長だ。だけど……」

「だけど?」

「想像以上ではないです」


 僕は再び面打ちを放つ。同じようにガードされるが、そのまま二打目で小手を放つ。一撃なら防ぐことのできる立川も二撃目まではガードできなかったのか、僕は一本を取ることに成功する。


 道場の空気が一瞬凍り付く。しかしすぐに大きな歓声に変わった。立川も籠手を着けたまま、賞賛の拍手を送る。


「さすがは才谷くんだ。人間と戦っている気がしなかったよ」

「僕は誰よりも人間らしい人間ですよ」


 怠惰で、傲慢で、そして誰よりも負けず嫌いなのが僕だ。


「ただね、才谷くん……」

「ん?」

「俺は海王高校の藤田とも戦ったことがあるが、君より彼の方が強い気がする」

「そんなまさか……」


 僕も京都で藤田の試合を見たが、実力は僕の方が上だというのが見立てだ。


「一撃の速さは君の方が上だし、重さも君だ。けどね、彼には奥の手があるように思えるんだ」

「奥の手ですか……」

「何か底知れない恐怖。それが彼の怖さだ」

「…………」


 藤田が切り札を隠し持っているのだとしたら、確かにどちらの実力が上かは判断がつかない。しかしそれは悩んだところで解決できない問題だ。


「戦ってみればどちらが強いか分かりますよ」

「その通りだ。だから皆に言いたいことがある。俺は才谷くんの入部を認めると同時に、彼を次の龍馬記念杯の選手にしたい」

「おい、立川、それは……」


 声をあげたのは杉田だ。さすがに納得できないという顔をしている。


「才谷は入部初日だぞ。レギュラーなんて許されるはずがない」

「許されるさ。なぜならこの場にいる誰よりも彼は強いからな」


 部で最強の立川が敗れたのだ。その一言は反論の余地がない事実であり、誰にも否定することはできない。


「いいか、俺たちは仲良しクラブではないし、遊んでいるわけでもない。勝つために部活動をしているんだ。だから俺は優勝を勝ち取るために、才谷くんの力を利用する。文句はないな!?」


 部長である立川の問いかけに、杉田も折れたのか、首を縦に振る。龍馬記念杯への出場という最初の難関を突破し、僕は竹刀を強く握りしめるのだった。


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