第三章 ~『決めたプレゼント』~
僕は坂本に何も言えず、黙って病室を後にする。扉を閉めると、廊下に看護婦の女性が立っていた。茶髪を短く切り揃えた清潔感のある女性だ。
「もしかしてあなたが才谷くん?」
「そうですが……」
「やっぱりね。私は村田美穂。ミホリンと呼んでくれると嬉しいかな」
「呼びませんよ」
村田は僕の見たところ二十代後半だ。ミホリン呼びされたら、さすがに恥ずかしいだろうに。
「今のは冗談。私は牡丹ちゃんの担当看護師なの。今日は君にお礼を言いたくてね」
「お礼をされるようなことはしていませんが……」
「あの子のお見舞いに来てくれたんでしょ。なら十分よ……牡丹ちゃん、私と話すときにいつも君のことばかり話題にするのよ。君と会えることもすっごく楽しみにしていたみたい」
「そうですか……」
「なんだか素っ気ない返事ね」
「いえ、僕なんかと会えて、本当に喜んで貰えたのかなって」
「間違いなく喜んでいるわよ。なにせあなたのことずっと好きだったみたいだし」
「…………」
「中学の頃からあの娘の担当だけど、昔の牡丹ちゃんはいつも暗くて、友人も少ない寂しい娘だったのよ」
「今の坂本さんを見ていると信じられませんね」
誰からも好かれて、誰からも愛されるのが坂本牡丹という人間の特徴である。そんな彼女に友人が少ないとはとても信じられなかった。
「まぁ、暗いのも仕方がないけどね。私だって自分の人生が限られていると知れば、きっと前向きに生きることはできないわ。何に対しても否定的になる」
「気持ちは理解できますね」
人が努力できるのは進む先に道が続いているからで、坂本のように死が待っていたり、僕のように自分以上の強敵がいないと絶望したりすれば、進む足は止まってしまう。
「だから高校に入学した牡丹ちゃんが明るく前向きな性格に変わったことに驚かされたわ。しかもそれが初恋の相手を振り向かせるためだって言うじゃない。お姉さん、あの娘の恋を応援したくなっちゃったの」
「……ですがその応援は無駄に終わったようですよ」
「どういうこと?」
「僕は拒絶されましたから」
憐れみで共にいるのだと誤解した坂本は僕のことを拒絶した。確かに僕は彼女が苦手だったし、振り回されてばかりだったが、それは決して憐れみではない。だがそのことを彼女に分かってもらう術を僕は持たなかった。
「駄目よ、そんなの。きっと拒絶したのは牡丹ちゃんの本心じゃないわ」
「でもどうすれば?」
「そんなの好意を示す証拠を提示すればいいのよ」
「証拠ですか……」
「そうだわ。プレゼントなんかどうかしら。きっと仲直りできるわ」
僕には村田の提案が妙案のように思えた。嫌いな人間を憐れんで、仲直りのプレゼントを贈る者はいない。これこそが彼女の誤解を解く唯一の手だと、僕は何を送るべきかと思案する。
「プレゼントなんて人に贈ったことがないから、何を渡せば喜ぶのか分かりませんね」
「女友達に聞いてみれば?」
「そんなのいませんよ」
「なら男友達でもいいわ。何をプレゼントすればいいかアドバイスを貰えばどう?」
「男友達ですかぁ……」
思い浮かんだのは小泉の顔だ。何事も挑戦である。チャットアプリで聞いてみることにした。
『坂本さんにプレゼントを贈りたいんだけど、何を欲しがると思う?』
その問いに対する返信はすぐに返ってきた。
『俺の彼女ならブランド物のサイフやバックを喜ぶぞ』
『君の彼女じゃなく、坂本さんなら何を喜ぶのかを教えて欲しいんだけど……』
坂本は病院暮らしで外に出ることができないし、彼女の性格上、高価なブランド品を喜ぶとは思えない。
『うーん、分かんねぇな。坂本本人に聞いてみたらどうだ?』
『それができたら苦労しないよ』
『それもそうだな』
それから何度かやりとりするも、有益な情報は得られなかった。別の手を考えるしかない。
「男友達は役に立ちませんでした」
「それは困ったわね……」
「村田さんなら何が欲しいですか?」
「う~ん、現金かな」
「これほど参考にならない意見も珍しいですね……」
「やっぱり牡丹ちゃんが欲しいモノをあげるべきよ」
「欲しいモノですか……村田さんは坂本さんの欲しいモノを知っていますか?」
「あんまり欲がないのか、牡丹ちゃんは欲しいモノを口にしないのよね……唯一望んだものといえば、花火を見たいくらいかしら」
「花火ですか……でもそんな都合よく……」
「そうよね……剣道部が頑張ってくれれば可能性はあるけど、その期待も他人任せだしね」
「剣道部が頑張るとなぜ花火が見られるんですか?」
「あら? 知らないの? あなたの学校は部活動が大きい功績を残せば花火を打ち上げるのよ。近々、地元企業主催の剣道大会が開催されるんだけど、今年は剣道部がいいところまでいけそうなの。それに期待するしかないわね」
「…………」
「才谷くん?」
「坂本さんへのプレゼント決めましたよ。僕は彼女に打ち上げ花火を贈ります」
拳をギュッと握りしめながら、僕は病院を後する。彼女のため、僕は戦うことを決意したのだった。
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