第四章 ~『理事長室への訪問』~


 次の日。僕は目を覚ますと、すぐに坂本へメッセージを送る。彼女からの返信は早かった。


『おはよう。体調はどうかな?』

『良くはないよ。でも大丈夫。才谷くんと花火を見るまでは死ねないから』

『……花火、楽しみだね』

『うん。とっても楽しみ』

『必ず一緒に見るよ。約束だ』


 僕は坂本とのメッセージのやり取りを終えると、立川からのメッセージを確認する。昨日、僕は彼に花火の打ち上げを一か月より早めることはできないかと相談していたのだ。


 立川は信頼できる人間だ。彼に坂本のことを口外しない約束を取り付けた上で、すべての事情を打ち明けた。


 坂本が一か月先まで命が持たないこと、彼女が最後の思い出として打ち上げ花火を望んでいること、そして剣道部を優勝に導いたのは彼女のためだったこと、洗いざらい吐き出すと、立川はただ一言、『任せておけ』と答えた。


 その結果が彼からのメッセージだ。


 そこには学校の予算を握っている理事長の予定を押さえたので、直談判をしようと記されていた。


 僕は朝早くに学校へ向かい、立川と合流する。彼は試合前のような強い闘気を放ちながら、僕の隣を歩く。


「才谷君、僕は君のことを勘違いしていたようだ」

「剣道部に入部した理由ですよね? 申し訳ないです。不純な理由で入部してしまって」


 剣道一筋で生きてきた立川という男からすれば、女性を喜ばせるために入部した僕は汚れて映るのかもしれない。僕は小さく頭を下げた。


「違うんだ。俺は怒ってなんかいない。それよりもむしろ感動している」

「感動?」

「正直言おう。俺は才谷くんの実力は買っているが、君の人間性は少し疑っていた」

「え?」

「君は誰にも負けたことのない天才剣士だ。その剣は誰よりも美しいし、誰よりも強い。だが君も気づいていないだろうが、君の剣には無意識の内に僅かな驕りが混じっていた」

「驕りですか?」

「君は自分が格下だと判断した相手には本気で打ち込んでいない。いつも半分以下の力しか出していなかった」

「それは……」


 僕としては誰が相手でも手を抜くようなことはしてこなかったつもりだが、第三者の立川は僕の無意識の慢心に気づいていたのだ。


「だから剣道部に入部してくれたのも、暇潰しくらいのものだと考え、深く理由を追求しなかった。もし聞けば君という大事な戦力に逃げられるかもと思ったからね」

「………」

「だが友人の少女の夢を叶えてあげたい。その気持ちに俺は感動した。報いてあげられなくては部長の名が廃るとさえ思えたね」

「立川さん……」

「ただ才谷くん、覚悟しておけ。これから戦う相手は海王高校の藤田よりも厄介かもしれないぞ」

「理事長がですか……」


 入学式で見た印象は、黒縁眼鏡の優しそうなオジサンだが、直接会話をしたことはないため、どんな性格をしているかまでは知らない。僕は拳を強く握りしめる。


「どんな相手だろうと逃げませんよ。だって坂本は死という恐怖に立ち向かっているんですから」

「その意気だ」


 僕らは理事長室へと辿りつく。ノックをして扉を開けると、絨毯が敷かれた部屋の中央で理事長が椅子に腰かけていた。


 入学式で見た時とは違う、鋭い眼つきで僕らの顔に視線を巡らせる。優しそうな印象は消え去り、厳かな一筋縄ではいかない印象へと変わる。


「話はすでに立川くんから聞いている。結論から答えると花火の打ち上げ予定を早めるのは無理だ」

「ど、どうしてですか?」


 僕が縋るように訊ねると、彼は小さくため息を吐く。


「君が才谷くんだね?」

「はい」

「君の活躍は聞いているよ。君がいなくては我が校が優勝できなかったともね。そして君が友人のために思い出を残してあげたいと願っていることも知っている。そんな君の願いをできれば叶えてあげたいが、大人の世界は子供のように簡単ではないんだ」

「どういうことですか?」

「私は理事長だが予算を自由に使えるわけではない。理事会で予算を与えるべきかどうかを議論する場があり、承認が得られて初めて行動に移せるんだ」

「つまり一か月という期間は予算獲得のために必要だと?」

「そういうことだ。悪いが君一人の我儘を通すわけにはいかない。友人の少女が一か月間、生きていられるように祈っておくんだね」

「……なるほど。話は分かりました」

「諦めてくれるんだな?」

「いいえ、諦めません」


 僕は理事長の話を聞いたうえで自分の取るべき行動を頭の中に道筋として描く。言質は取ったのだから、あとは動くだけだ。


「僕一人の我儘では動けないと、あなたは言いました。だから……坂本のために花火を打ち上げることが、僕だけでなく皆の願いだと証明して、あなたの前に再度現れます」


 僕はそう言い残して、理事長室を後にする。龍馬は日本を変えたいという願いを集めて、維新を成功に導いた。なら生徒たちの願いを集めることくらい成し遂げてみせると、僕は拳を強く握りしめた。


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