第一章 ~『屋上の小泉』~

 退屈な午前中の授業を終えて、とうとう昼休みの時間がやってくる。僕は学食に昼食を食べに行こうと、鞄から財布を取り出すと、そこに見慣れないメモが添えられていた。


『昼休み、一人で屋上に来い。坂本は連れてくるなよ』


 メモ書きの主はおそらく小泉だろう。彼の姿を探すが、どこにも見当たらない。先に待ち合わせ場所に向かったのだろう。


「それにしても果たし状か……江戸時代の武士でもやらないぞ」


 僕はメモを握りしめて、小さな欠伸を零すと、果たし状に従い、屋上へ行くべきかどうかを考える。結論はすぐに出た。


「屋上へ行こう」


 問題を先延ばしにしても同じように絡んでこられるだけだ。それならさっさと解決した方が良い。


 僕は鼻歌まじりに屋上へと向かう。普段は鍵がかけられている扉も押すだけですんなりと開く。


 扉の先、屋上には小泉が待っていた。他に人の気配はない。


「よく来たな」

「呼び出されたからね。君一人かい?」


 取り巻きの生徒たちを集めて脅してくるかと思っていただけに拍子抜けする状況だった。


「もしかして俺がお前をリンチにでもすると思っていたのか?」

「その可能性はあると睨んではいたよ」

「なのに、よく屋上に来れたな」

「逃げても問題は解決しないからね」

「見かけに依らず豪胆なんだな」

「こういう状況には慣れっこだからね」


 新選組や幕府の志士たちと何度も命賭けで斬り合いをしてきた僕だ。クラスメイトに脅されたくらいで心が動くことはない。


「まぁいい。才谷を呼び出した用件は一つだ。二度と坂本に近づくな」

「僕から近づいたことはないから、その忠告は無意味だよ」


 坂本から僕に近づいてくるのだから、僕の方からは対処のしようがない。もし解決したいなら、問題の発生源に忠告すればいいのだが、小泉の狙いが彼女を恋人にすることにあるのなら、その選択肢を選ぶことはできない。


 僕のその返答に小泉はグッと黙り込む。何かを考える素振りで、恐る恐る口を開く。


「なぁ……本当に坂本の方から近づいたのか?」

「何度もそう言っているだろ。僕はただ付きまとわれているだけだ」

「クソ、どうしてこんな奴に……」


 小泉は眉根を釣り上げて、不快感を隠そうともしない。舐められているなと感じるが抗議するのも馬鹿らしい。


「用件が済んだなら、僕は教室に戻るよ」

「待て!」

「まだなにか?」

「俺は才谷が嫌いだ。根暗だし、不気味だし、冴えないし、いいとこなしの駄目男だからな」

「酷い言いようだなぁ」

「だが坂本は大切な友人だ。あいつが気に入った奴なら仕方ねぇ。才谷とも友人になってやるよ」


 仲の悪い相手とわざわざ友達になる理由もない。


「謹んで断らせてもらうよ」

「なら連絡先だけ教えろよ」


 彼はスマホを取り出すと、メッセージアプリを起動した。僕のスマホにも同じアプリがインストールされている。もちろん家族との連絡くらにしか使っていない。


「残念だけど、僕は坂本さんの連絡先は知らないよ」

「違う。才谷の連絡先だ」

「僕の?」

「坂本がお前のことを好きなら応援するしかないだろ。陰ながらサポートしてやるから連絡先を教えろ」


 小泉の態度は強硬だった。坂本がふざけているだけだと伝えても応じる雰囲気ではない。仕方なく僕はスマホを取り出し、メッセージアプリで連絡先を交換する。彼の名前が連絡帳に登録された。


「これでよしと。あとは俺に任せておけば、万事解決だ。お前たちをカップルにしてやるよ」


 小泉が僕の肩をバンバンと叩く。悪意はなく、友好を示すような叩き方に、僕は違和感を覚えた。


「君は坂本さんのことが好きじゃなかったの?」

「好きだぜ。大切な友人だ」

「女性としてはどうなの?」

「俺に恋人がいなければ、好きになってたかもな」

「恋人いるの!?」

「俺の顔でフリーなはずないだろ」


 小泉の容姿はモデル顔負けのイケメンだ。モテることは知っていたが、まさか恋人がいるとは思っていなかった。詳しく聞いてみると、近所に住む女子大生だという。大人な女性が好みなのだそうだ。


「才谷の方はどうなんだよ?」

「僕に恋人はいないよ」

「それは知っている。お前に惚れる奴なんて、坂本くらいのものだからな」

「酷いなぁ」

「で、坂本のことは好きなのか?」

「別に。むしろ苦手なタイプだね」

「お前も素直じゃない奴だな」


 小泉は呆れるように苦笑を漏らす。案外、悪い人ではないのかもしれない。僕は僅かばかりの好意を彼に抱くのだった。


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