第一章 ~『心配した坂本』~
屋上から教室に戻ると、クラスメイトたちの視線が僕へと一斉に突き刺さる。心配するような表情を浮かべている者もいるため、どうやら僕が小泉に屋上へ呼び出されたことが広まっているようだ。
ただ今更風評を気にしても仕方がない。今ならまだ昼食の時間に間に合うと、僕は窓際の自席に座ると、用意していたサンドイッチを口の中に放り込む。レタスのシャキシャキとした食感が楽しませてくれた。
「平和な時間だな……」
覚悟していたトラブルも何事もなく過ぎ去ってくれた。窓の外の雲と同じように平和な時間が流れていく。
しかしそんな平穏を打ち砕くように、勢いよく教室の扉が開かれた。
「才谷くん!」
扉を開けたのは坂本だった。彼女は目尻に涙を浮かべて、僕の方へと駆け寄ってくる。
「才谷くん、ごめんね……わ、私のせいで、小泉くんに殴られたって……」
「それはデマだよ。彼とはただ連絡先を交換しただけ。坂本さんは何も負い目に感じることはないよ」
坂本はいつも通りの僕に安心したのか、目尻に浮かんだ涙を拭う。
心配させたことに対する申し訳なさを感じていると、彼女の額に玉の汗が浮かんでいることに気づく。
「もしかして僕のために無理させた?」
坂本は心臓に病がある。駆け回ることは身体にとって大きなリスクになるはずだ。僕のためにここまでしてくれる彼女の献身に、少なからず心が揺さぶられた。
「牡丹、ここにいたんだ」
坂本の友人の山崎梨花が教室に飛び込んでくる。彼女もまた荒げた息を整えていた。
「どうやら無事だったみたいね……あんた、牡丹に感謝しなさいよ。この娘、あなたを助けて欲しいと、涙ながらに私たちに頼むのよ。こんな必死になる牡丹、初めてなんだから」
「坂本さんが僕のために……」
「私、あんたのことは嫌いだけど、まぁ、牡丹が気に入っているのは分かったわ。二人の関係、私だけは認めてあげる」
梨花はそれだけ言い残すと、自席へと戻っていく。当事者である坂本は俯きながらに気まずそうな表情を浮かべていた。
「なんだか照れ臭いけど、まずは坂本さんに感謝を伝えさせてほしい。心配してくれてありがとう」
「わぁ、才谷くんが素直だぁ」
「僕もたまにはね。でも二度と無理をしないで欲しい。君の身体の方が大切なんだから」
坂本の限られた命を僕のために無駄にして欲しくはない。貴重な残りの人生は彼女だけのものだ。
「でも才谷くんのことが心配だったから……あ、そうだ。なら連絡先を交換しようよ。君がどこにいるか分かれば、私も無理をせずに済むもの」
一瞬、交換するべきかどうか悩むが、既に小泉とは交換している。断る方が変な話だ。
今日はよく連絡先を交換する日だと、僕は苦笑を漏らしながらメッセージアプリで彼女のアカウントを登録する。坂本牡丹の名前がしっかりと記されていた。
「登録できたよ」
「えへへ、やったー、才谷くんの連絡先だぁ♪ 絶対に連絡するね!」
坂本は大切そうにスマホを握りしめる。連絡先一つでこんなに喜んでもらえるなら教えた甲斐があると、僕は自分でも気づかない内に口角を釣り上げていた。
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