第一章 ~『友人とのメッセージ』~


 学校を終えて、家に帰ってきた僕はベッドの上でスマホ画面を見つめる。チャットアプリの登録先には、妹と両親に加えて、クラスメイト二人の名前が並んでいた。


「一人は僕の事が嫌いで、もう一人は僕が苦手な相手だけど……」


 使い道のなかったスマホに息が吹きこまれたような気がした。ジッと画面を見つめていると、小泉からメッセージが届く。


『教室で俺からの呼び出しが原因で騒ぎになったんだってな』

『いいよ、別に。坂本さんの誤解も解けたし』

『才谷のことを心配して、駆けずり回ったんだろ。愛されているよな。羨ましいぜ』

『何度も言うけど、僕と坂本さんはただの友人だ』

『お、友人だとは認めるわけか』

『連絡先交換したしね』

『なら俺ともダチだな』

『まぁ、そうなるのかな?』


 嫌っている相手でも友人だと言える小泉のコミュニケーション能力の高さに感心させられる。これはモテるわけだ。


『坂本との関係はサポートしてやるから、困ったら頼って来いよ』

『機会があったらね』


 僕が坂本のハートを射止めることはない。故に彼の出番がやってくることもないだろう。


 小泉とのやり取りも終え、僕は風呂にでも入ろうと立ち上がる。すると引き留めるようにスマホが震えた。


「また小泉かな」


 スマホを覗いてみると、坂本からメッセージが届いていた。といっても、可愛いネコのスタンプで『元気かな?』と一言送られてきただけなのだが。


 質問を投げられて無視するわけにもいかない。『元気だよ』と一言だけメッセージを書いて送る。するとあらかじめ用意していたのか、数秒もしない内に返信が返ってきた。


「坂本さん、もしかして暇なのかな?」


 暇つぶしの相手に選ばれた以上、昼間に心配をかけさせた負い目もあるため、メッセージに付き合うことにする。


『才谷くんは何しているの?』

『ベッドで横になっていただけだよ。坂本さんは?』

『坂本龍馬の伝記を読んでいたの。やっぱりカッコイイよねー』

『僕はあいつが嫌いだから、その意見には同意しかねるね』

『頑固だね、君も……よければ今度、私のお気に入りの龍馬本を貸すよ』

『遠慮しておくよ。僕の家の本棚にも坂本龍馬に関連した本はたくさんあるからね』


 ベッドから起き上がると、その内の一冊を手に取った。龍馬の一生を描いた時代小説で、二千万部越えの大ベストセラーだ。


 単純計算で、日本人の五人に一人が所有している計算になる。この確率ならきっと坂本も持っているだろう。試しにメッセージで訊ねてみると、予想通りの答えが返ってきた。


『才谷くんは龍馬が嫌いなのに書籍は集めているんだね』

『本に罪はないからね。それに作者のファンだったりすると、どうしても龍馬だけを避けることはできないからね』


 土佐で生まれた郷土が成りあがっていく波乱万丈の人生は、物語として魅力的だ。そのため数多くの著名作家が彼をモチーフにしている。龍馬への嫌悪以上に、作品への期待が勝った結果、僕の本棚に龍馬の関連本が並ぶことになった。


『でも坂本龍馬に関連した本を数多く読んだけど、楢崎龍に関しての記述はどの書籍でも扱いが少ないね』

『そうなの! だからこそ、才谷くんには、龍馬が楢崎龍を愛していたかどうかを調べて欲しいの!』


 文献からでは読み取れないからこそ、オカルトじみた僕の能力に期待するのだ。それは藁にでも掴むような気持ちなのだろう。その想いがメッセージからでも十分に伝わってきた。


 坂本には心配を掛けさせた負い目がある。借りっぱなしは嫌いなのだ。


 僕は『協力するよ』と快諾のメッセージを送ると、彼女から返信はなく、代わりに電話が鳴った。


 このメッセージアプリは電話機能もあることを思い出し、恐る恐る通話をオンにすると元気な声が届く。


「才谷くん、ありがとね!」

「気にしないでよ。それよりも、お礼のためだけに通話を?」

「う、うん。どうしても言葉で伝えたくて。迷惑だったかな?」

「そんなことはないよ」

「ふふ、私、才谷くんのそういうところが大好き♪」


 坂本は弾んだ声で礼を伝えると、通話を切る。必ず龍馬の愛の謎を解き明かしてやろう。僕は自分でも信じられないほど高いモチベーションで、風呂場へと向かうのだった。


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