第二章 ~『海王高校の藤田』~


 宿を後にした僕は坂本に連れられて、体育館へと連れてこられる。体育館が龍馬に関係あるのかと問うと、彼女は首を横に振る。


「この場所そのものは龍馬と関係ないよ」

「ならなぜここに?」

「実はここで剣道大会があるの。地方の小さな大会なんだけど、私の注目している選手が出場しているから、ついでに見に来たの」

「注目している選手?」

「海王高校の藤田くんって聞いたことない?」

「……ないかな。そんなに強い人なの」

「いままで誰にも負けたことがないんだって」

「前言撤回。不敗の剣士でピンときた。もしかしたら聞いたことはあるかも」


 剣道部部長の立川が僕を勧誘に来た時に、一度も負けたことのない無敗の選手がいると話していた。藤田とはそいつのことかもしれない。


「藤田くんはね、竹刀の振り方が坂本龍馬みたいに豪快なの。細かな技も得意だし、きっと今日の試合も勝つと思うの」

「ふ~ん」


 僕はスマホで藤田という男について調べる。大会優勝を複数経験しており、天才と名高い無敗の男。凛々しい顔立ちも相まって、女性人気も高いそうで、つまりは僕の嫌いなタイプの人間でもある。


「坂本さんはこういう人のことが好きなんだね」

「……才谷くん、もしかして嫉妬してる?」

「そんなことないよ」

「やったー、才谷くんが嫉妬してくれた♪ 大丈夫、心配しないで。私は才谷くん一筋だから」

「だから嫉妬なんてしてないよ」


 坂本に引っ張られて、僕は剣道の試合会場へと案内される。そこでは二人の剣士が睨み合っていた。鉄面のせいで顔が分からないが、高身長の剣士はそこにいるだけで圧倒する雰囲気を放っている。


「ラッキーだね、才谷くん。丁度、試合の時間だよ」

「あの高身長の男が例の彼だよね?」

「その通り」


 藤田は剣を上段で構えると、対戦相手も合わせるように同じ構えを取る。しかし身長差があるため、二人の剣は対称にならない。


「ねぇ、才谷くんはどっちが勝つと思う」

「間違いなく藤田だね」

「断言するんだね」

「実力は雰囲気に現れるからね。岡田以蔵しかり新選組しかり、彼はそれらの剣豪に負けないだけの威圧を放っている」


 審判が剣を構えて睨み合う二人に、始まりの合図を告げる。そして次の瞬間、藤田の面打ちが炸裂していた。


「一本!」


 会場が割れるような歓声に包まれる。やはり最強の剣士は藤田だと拍手喝采が鳴り響いた。


「才谷くん、凄い一撃だったね。私は目で追うことさえできなかったよ」

「僕は目で追えたよ。綺麗な面打ちだったね」


 上段からの面打ちの速さは北辰一刀流の剣術師範である千葉重太郎と同等かそれ以上だ。


「現代の剣士でも強い男はいるんだね……海王高校の藤田か。覚えておくよ」


 僕は拳をギュッと握り締める。強敵を見るとどうしても心が揺れ動かされてしまう。戦いたい衝動を何とか抑え込んだ。


「試合も見れたし、帰ろうか」

「そうだね」


 僕たちは体育館を後にしようとした時、試合を終えた藤田が鉄面を外し、こちらをジッと見つめた。


「なんだか見られているね……」

「だね」

「坂本さんに見惚れているのかな」


 坂本の美貌はそこにいるだけで人の目を惹く。それは藤田といえど例外ではないのだろう。彼は僕らの元へと近づいてくる。


「あ、あの、おめでとうございます」

「退いていろ、女!」

「え?」

「お前、無敗の才谷か?」

「僕の方に用があったのか……」


 藤田は坂本の美貌になど眼も向けず、僕の目だけをジッと見つめる。それは好敵手を睨みつけるような鋭い眼つきだった。


「僕に何か用かな?」

「久しぶりだな。俺のことを覚えているか?」

「……君とどこかで会ったことがあるのかい?」

「覚えていないか。あの頃の俺は弱かったからな。それも仕方ない。だが俺はお前を倒すために強くなった。俺の剣はお前を超えた」

「…………」

「才谷、お前は剣道を辞めたそうだな?」

「よく知っているね」

「辞めた理由は分かる。まともに戦える相手がおらず退屈していたのだろう。剣の道の頂点に立つ俺だからこそ、お前の気持ちは良く分かる」

「…………」

「剣道部に戻ってこい、才谷。そして俺と戦え!」

「……遠慮しておくよ。剣道部より刺激的な遊びを知っているんでね」


 藤田との戦いは可能であれば経験してみたいが、そのためだけにわざわざ剣道部に戻るつもりはない。


「坂本さん、行こうか」

「う、うん」


 僕は逃げるように背を向けるが、好敵手の視線は背中越しでも分かるほど鋭さを放つ。


「俺はお前の剣に憧れた。だから現在の地位にいる……待っているからな。俺はお前と剣を交える日を待ち続けているからな!」


 藤田の叫びが体育館に響き渡る。だが僕が足を止めることはなかった。


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