第二章 ~『龍馬の終着点』~
体育館を後にした僕らは龍馬の人生の終着地点。彼が暗殺された近江屋のあった場所へと向かっていた。
坂本と共に肩を並べて歩く。涼しい風が二人の頬を撫でた。
「才谷くんは、藤田くんと友達だったんだねぇ」
「友達とは違うかな。なにせ僕はあいつの顔すら知らなかったからね。変に絡まれて、僕自身もびっくりだよ」
「ふふふ、私も才谷くんと一緒にいると驚きの連続で飽きないよ」
坂本はその白く冷たい手を僕の手と重ねる。死が近づいているような冷たさが僕の手の平に広がっていくが、僕はその手を握り返しもしなければ、拒絶もしない。
なすがままに受け入れるだけの僕はきっと卑怯者なのだろう。握られた手の力が次第に強くなっていく。
二人は黙って京都の町を歩く。整備された街並みは会話がなくとも、眼だけで楽しむことができた。
「才谷くん、見えてきたよ。ここが京都の近江屋跡地だね」
とうとう目的地に辿り着く。龍馬が暗殺された近江屋跡地は商店通りの中にポツンと位置した。彼を鎮魂する石碑と彼の写真が飾られたその場所には、かつて近江屋という宿屋があり、そこの二階で暗殺されたのだ。
龍馬を殺した犯人についてはいまだ誰か分かっていない。薩長が邪魔になった龍馬を排除したとか、新選組が殺したとか、幕府の人間が殺したとか、多くの諸説があり、正解は誰も知ることができない。
「ここが龍馬の人生の終着点かぁ……才谷くんはどう思う?」
「思ったよりもあっさりしていると思ったかな。坂本さんは?」
「私は素敵だと思っちゃった。だって自分が死んだあとも、こうやって誰かに訪れてもらえるんだよ。それって凄く羨ましい」
「坂本さんほど人気があれば、きっとクラスメイトたちも墓参りにきてくれるよ」
「私が人気者か……」
「なんだか含みがあるね」
「ううん。間違っていないよ。私はクラスメイトたちから好かれているし、きっと私が死ねば皆泣いてくれると思う。でも一か月もすれば、私のことを忘れていると思うの」
「…………」
「私はいままで人気者であろうと振る舞ってきた。それはアイドルなんかと一緒で、広く浅く、大勢の人たちから好意を集めていたの。でもお気に入りのアイドルは、身近にいる大切な人には敵わない。私は誰かの一番にはなれなかったから」
坂本という人間が誰からも好かれているのは間違いない。しかし彼女に恋人はいないし、聞いている限り、家族との仲も良好とはいえないようだ。彼女への好意は薄くて広いのだ。
「だけどね、才谷くんならきっと私が死んだ後も覚えていてくれる」
「随分自信たっぷりだね」
「私、才谷くんのストーカーだから、君のことはなんだって知っているの。君が事故で亡くなった猫の死体を埋めてお墓を作ってあげたことや、定期的にお墓の様子を見に行っていることも全部知っているの」
「…………」
「だから才谷くんはきっと私のことを忘れない。一生、覚えていてくれるよね?」
「……僕なんかに興味を持つ変な女の子、忘れるはずがないよ」
「ふふふ、酷い人だね、君は。でもありがとう。嬉しかったよ♪」
坂本は僕に肩を寄せて、二人で龍馬の石碑をジッと見つめる。死後、みんなから愛された龍馬はきっと幸せで、羨ましくて、だから僕はこいつが嫌いだった。
「坂本さん。龍馬は――」
僕は隣に立つ坂本に視線を送る。すると彼女は辛そうに額に汗を浮かべていた。大丈夫かと問いかけると、彼女は答えるよりも前に崩れ落ちる。彼女は龍馬が亡くなった場所で、意識を失ったのだった。
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