第二章 ~『新幹線のお弁当』~
京都に行こうと決意した僕らは、新横浜駅から新幹線に乗り込んで移動していた。窓から見える景色は一瞬で移り変わっていく。人生で初めての新幹線移動だった。
「まさかいきなり京都へ行くなんて……」
「でも京都なら、坂本龍馬と楢崎龍が一緒に過ごした場所があるし、目的を果たすためには行くしかないよ」
僕の記憶を追体験する能力は発動にトリガーとなる触媒が必要となる。
それは人生を綴った伝記であったり、強敵と戦いたいという思いだったり、名所だったりがそれに該当するのだが、体験する時間や場所もトリガーに紐づいていた。
坂本は龍馬と楢崎龍の馴れ初めを確実に指定するためには、龍馬所縁の地が数多くあり、彼と楢崎龍が出会った場所でもある京都を訪れる必要があると考えた。そこでこの弾丸ツアーが始まったのだが、彼女の行動力には舌を巻かれる想いだ。
「ふふ、でもまさかクラスメイトの男の子と旅行するなんて思わなかったなぁ」
「僕もびっくりだよ。それも相手が坂本さんだなんて」
苦手意識を感じていた少女と旅行だなんて、過去の僕に伝えても絶対に信じてくれない。
「もしかして女の子との旅行も初めて?」
「女の子どころか、友人との旅行が初めてだよ。家族旅行は何度か経験したけどね」
「そっか……私が初めての相手か……ふふ、なら想い出に残る旅行にしないとね」
「もしかして坂本さんも友人との旅行は初めて?」
「友人どころか家族ともしたことないよ」
「それは珍しいね」
坂本の家は裕福で、育ちが良いと評判だ。経済力の問題ではないはずだ。
「私の両親はどっちも会社を経営していて忙しいから」
「そっか……でも生涯初の旅行が僕と一緒とは恐縮だね」
「私は才谷くんと旅行できて嬉しいよ。駅弁もこんなに買ったし」
坂本は三つも駅弁を購入しており、それを美味しそうに堪能していた。彼女の細身の体のどこに弁当が消えるか、実に不思議である。
「よくそんなに食べて、そのスタイルを維持できるね」
「私、食べてもあんまり太らない体質だから。それにどうせ死ぬんだもん。ダイエットしても仕方がないでしょ」
「…………」
「でも生きている内は綺麗なままでいたいなぁ……才谷くんに嫌われたくないし」
「僕は君が太っても嫌いになることはないよ。痩せても好きにはならないけどね」
「あはは、才谷くんらしいや」
どういう意味で僕らしいのだろう。訊ねるのが怖い。
「そうだ! それよりも才谷くんは旅行費用の問題はなかったの? 私から誘ったし、私が払うよ」
さすが実家がお金持ちのお嬢様だ。だが僕は首を横に振る。
「友人同士でお金の受け渡しはしたくないし、まるでヒモみたいだからね。謹んでお断りするよ」
「でも……」
「それに僕も貯金していたからね。なにせ友人も恋人もいない、根暗少年だったから。読書くらいにしかお金を使わないしね」
お金が貯まる一方の僕が浪費するチャンスなのだ。この旅行では散財すると決めていた。
「そういえば才谷くんは恋人がいなくても、好きな人はいないの?」
「随分と踏み込んでくるね」
「ふふふ、何なら当ててあげましょうか……才谷くんが好きなのは――ズバリ、私でしょ!?」
「外れだ」
「え、もしかして他に好きな人が?」
「まさか。そもそも僕がコミュニケーションを取る女子は君くらいだ。そんな僕が誰かを好きになるはずないだろ」
「それもそうかも」
「坂本さんは好きな人とかいるの?」
「才谷くん」
「という冗談は抜きで答えてよ」
「冗談ではないんだけどなぁ……」
「なら好きなタイプは?」
「坂本龍馬みたいな男性かな」
「随分と趣味が悪いね」
「才谷くんならそう言うだろうね」
龍馬は江戸時代だけでなく、現代でもモテると知り、僕はもっと龍馬のことが嫌いになった。
「いったいあんな男のどこがいいのか、僕には不思議で仕方がないよ……龍馬は父親から女遊びを止めろといわれていたのに、仕送りで遊郭を楽しんでいたんだよ。現代なら親の金で夜の店に通うお坊ちゃんだ。そんな男のどこがいいのさ」
「女はね、少しくらい不真面目な方が男に魅力を感じるものなんだよ」
「分からんねー」
「……でも憧れの相手が不純でも構わないけど、私は彼氏にそういうことされたら嫌だなー」
「だろうね」
それから坂本と下らない話を繰り返している内に、新幹線が停車する。京都へと到着したことを社内アナウンスが知らせてくれた。
京都駅に到着した僕たちは、私鉄で伏見まで移動する。伏見には龍馬と楢崎龍が出会った寺田屋があるからだ。
「ここが伏見の街か……」
さすがに現代ともなればコンクリの路面に、鉄筋の建物が並んでいるが、それでもかつての京都を感じさせる光景は残っている。
例えば酒蔵だ。伏見は桂川や宇治川などの河川が流れているため、水運の要所として栄えており、酒造業が発展してきた歴史がある。その歴史が今なお残り続け、昔ながらの酒蔵が見て取れる。
また伏見は龍馬と所縁のある寺田屋があるため、幕末志士と関連付けた観光スポットが至るところにあり、その中には彼の名を冠した龍馬通り商店街まで存在している。
「才谷くん、あれ見てよ。龍馬饅頭だってさ」
坂本は露店で売られている龍馬の顔が描かれた饅頭を見つけて、僕の手を引っ張る。冷たい手の感触が指先に広がる。
「できたてらしいよ。才谷くん、食べてみたら?」
「僕はいらないかな。坂本さんの方こそ食べないの?」
「さすがにお弁当を三つも食べるとね……だから才谷くんに食べた感想を聞いてみたくて。もしかしてお腹いっぱい?」
「そんなことはないよ。ただ嫌いな奴の顔が描かれた饅頭を食べるのはなぁ~」
「ふふふ、相変わらずのひねくれ屋さんだね……なら発想を変えてみたらどうかな?」
「発想を?」
「嫌いな奴だからこそ食べてやるって考えるの」
「それは僕になかった考えだね……ものは試しだ。挑戦してみるよ」
僕は龍馬饅頭を購入し、一口齧ってみる。中にはぎっしりと餡子が詰め込まれており、口の中に甘味が広がった。
「どうだった?」
「悔しいけど美味しかったよ」
「龍馬のこと、少しは好きになった?」
「いいや、むしろ饅頭まで旨いのかと、嫉妬で嫌いになったよ」
「本当、ひねくれ者だねぇ」
僕たちは伏見の街を散策した後、目的地である龍馬と楢崎龍の出会った寺田屋跡へと辿りつく。二階建ての瓦屋根の建物は江戸時代からタイムスリップしてきたかのような佇まいだった。
「寺田屋は建物が残っているんだね。才谷くんは知っていた?」
「案内掲示板に書いてあったからね。でも、この建物は再建されたものらしいよ。慶応四年の鳥羽伏見の戦いで焼けて消失したそうだよ」
鳥羽伏見の戦いは龍馬亡き後の明治新政府と徳川旧幕府軍との戦で、京都を火の海に変えた凄惨な戦いだった。その火の手は寺田屋にも及び、龍馬の思い出の場所を燃やしてしまったのだ。
「才谷くん、さっそく中に入ろうか」
「そうだね」
僕は坂本に手を引かれて、再建された寺田屋へと入る。繋がれた彼女の手はほんのり暖かくなっていた。
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