第二章 ~『掛け軸での写真』~
寺田屋の中は当時の建物を再現したような作りとなっており、部屋の至る所に龍馬と関係するモノが置かれていた。
例えば龍馬の自画像が描かれた掛け軸だ。部屋に入ると目を惹くその絵は、凛々しい彼の立ち姿が描かれており、観光客の足を止める。
現代にまで伝わる彼の魅力に僕はなんだか嫉妬を覚えるが、隣で目をキラキラとさせている坂本の横顔を見て、何も口にしないことに決めた。
「ねぇ、才谷くん。ここが龍馬と楢崎龍が最初に食事をした場所なんだって」
龍馬が愛用していたと言われている梅の間は何の変哲もない和室だが、坂本にとっては高祖父である龍馬が長年過ごした場所だ。特別な感情が湧いたとしても不思議ではない。
「才谷くん、知っている? 寺田屋事件の時ね、お風呂に入っていた楢崎龍は裸のまま龍馬に危険を知らせに来たらしいよ」
寺田屋事件とは京都の伏見奉行に龍馬が襲われる事件である。この時、一階で風呂に入っていた楢崎龍は異変を察知し、二階にいた龍馬に危機を知らせたと言われている。
「当時の武家の娘ってね、裸を見せることは現代以上に忌避されていたそうなの。でも私の高祖母は躊躇しなかった。それって凄いことだと思わない?」
「楢崎龍が龍馬のことを好きだったと伝わってくるね」
でなければ恥を捨て、裸を見せるという禁忌を犯してまで助けようとするはずがない。
「うふふ、なんだか不思議な感覚……私の高祖母が大好きな人と一緒に過ごした場所に、私も大好きな人と一緒にこられるなんて、なんだか夢のよう」
「…………」
「これは私の一生の思い出だね。といっても私の一生はそう長くないんだけど……」
坂本はどこか泣きそうな、生への執着を感じさせる表情を浮かべた。
「坂本さん……」
「あ、そうだ、才谷くん! この龍馬の掛け軸と一緒に写真を撮ろうよ」
「坂本さんと龍馬のツーショットでいいかな?」
「私と龍馬、そして才谷くんの三人でだよ」
龍馬の掛け軸の前に並ぶと、二人で肩を寄せ合う。彼女の石鹸の香りが鼻腔をくすぐった。
「ちょっと近くないかな?」
「そんなことないよ。むしろまだ遠いよ」
坂本はグイグイと僕に肩を寄せる。この娘は押し売り饅頭でもしているつもりなのだろうか。
「これだけ近いなら良い写真が撮れそうだね」
坂本はスマホのカメラをインカメにしてシャッターボタンを押す。彼女の嬉しそうな顔と、僕のたじろぐ顔、そして大嫌いな龍馬の凛々しい顔が画面いっぱいに映し出された。
「わーい、才谷くんとのツーショットだ♪ これは我が家の家宝にせねば」
「写真くらいで大げさな」
「大げさなんかじゃないよ……私の子孫にもこの写真を残してあげて、同じように寺田屋でデートしてもらうの……きっと才谷くんが私を愛していたか推理してくれるはずだよ」
「坂本さんの子孫が名探偵なら、きっと僕の気持ちを言い当ててくれるはずだね」
「ふふふ、未来が楽しみだね」
これは坂本なりの冗談だと、僕はすぐに気づく。彼女の命は風前の灯火なのだ。子供ができることもなければ、未来の終端も既に見えている。気にする素振りを見せることなく、僕は彼女を見据える。
「そろそろここに来た目的を果たさないとね」
「そうだったね。確か才谷くんは能力を使うと気絶するんだっけ?」
「そうだね……悪戯とかしないでよ」
「任せて。私、気絶した才谷くんにキスしようとか考えてないから」
「本当に任せていいのか不安だなぁ」
「ささ、私に身を委ねて」
坂本は正座すると、膝に頭を乗せるように促す。僕は彼女のペースに流されるがまま、膝に頭を置いた。
「江戸時代に行ってくるよ」
「いってらっしゃい」
坂本は僕を笑顔で送り出す。意識が白く染まり、脳が映像を書き換えていくのだった。
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