第二章 ~『ラブロマンスはアクション』~


 真っ白に染まった視界が次第に色を取り戻していく。眼を開けると、坂本の整った顔が飛び込んできた。


「才谷くん、おはよう」

「おはよう、坂本さん」


 僕は坂本の膝から頭を退けて、彼女と向き合う。ちょっぴり名残惜しそうな表情で、「才谷くんさえよければ、膝枕を続けてあげようか?」と彼女は提案したが、僕はそれを丁重にお断りした。


「才谷くん、楢崎龍には会えた?」

「会えたよ。やっぱり僕の予想通り美人さんだった」


 年老いた後の楢崎龍の写真を見ていたので、事前に推測は付いていたが、恐ろしいほどに顔が整っていたと語ると、彼女は嬉しそうに「なにせ私のご先祖様ですから」と続けた。


「それと僕は坂本龍馬のことがより嫌いになったよ」

「えー、どうして?」

「坂本龍馬は僕の想像以上の遊び人だった。西郷さんから聞いた話によると、百人以上の女性を泣かせたそうだよ」

「それはきっと……才谷くんが西郷さんにからかわれたんだよ。龍馬は女の人を泣かせるような人じゃないもの」

「だといいね」


 僕はそれ以外にも起きた出来事を話していく。西郷と勝海舟に出会ったことや、そこで討幕に関する話に触れたことを語る。


「なんだか話を聞いていると、才谷くんが歴史を動かしているみたいだね」

「僕が歴史を動かしているというより、歴史通りに僕が動いているだけさ……ただ想定外の出来事が起きた時は戸惑ったけどね」

「想定外の出来事?」

「千葉道場のさな子さんがいた」

「それって美人で有名な上に、龍馬のことを慕い続けて、一生独身を貫いた人だよね」

「さな子さんが龍馬に惚れているのは間違いないね。鈍感な僕でも気づけるくらい好意が剥き出しだったから」

「私も才谷くんに好意を剥き出しにしているつもりだけど?」

「君はなんだかあざといからね」

「酷い男だね、君は」


 坂本はクスクスと笑う。その笑顔は高祖母の楢崎龍にそっくりだった。


「でも折角、才谷くんが頑張ってくれたのに、龍馬が楢崎龍を愛していたのか、分からないままだね」

「愛していたどころか、龍馬が浮気性だという事実しか成果を得られてないからね、むしろ後退している気もするよ」

「やっぱり次の一手を打つしかないのかな」

「次の一手?」

「才谷くんは恋愛に必要なものって何だと思う?」

「恋愛に必要なものか……」


 顔、身長、学歴、金、どれも坂本の望む答えとは違う気がする。


「恋愛経験のない僕には思いつかないや」

「正解はね……事件だよ。ラブロマンスはアクションがないと始まらないもの」

「それなら寺田屋事件なんかが丁度いいかもね」


 寺田屋事件は龍馬が楢崎龍に命を救われた事件で、彼が彼女との結婚を決意した瞬間でもある。


「ただその記憶を追体験するには、トリガーとなる要因を探さないと」

「ならお風呂とかどうかな?」

「お風呂か……楢崎龍は寺田屋事件の時にお風呂に入っていたし、いいかもしれないね」

「ならこの近くに家族風呂付きの宿があるの。そこでお風呂に入りながら試せばいいんだよ。ささ、才谷くん、レッツゴーだよ」


 坂本は僕の手を引く。彼女の強引さに付き従う僕は、不思議と悪い気がしなかった。


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