第二章 ~『目を覚ました龍馬』~
伏見奉行によってボロボロにされた僕が目を覚ますと、和室の天井が広がっていた。布団を退けて周囲を見渡すと、楢崎龍がすやすやと膝元で眠っていた。
「龍馬さん!」
和室の襖を開けて飛び込んできたのは、僕が命がけで逃がした三吉だった。彼は僕が目を覚ましたことが嬉しいのか、目尻に涙を貯めている。
「龍馬さんが、龍馬さんが目を覚ました!! ははは、やったぞー!!」
「三吉くん、お龍さんが眠っているから……」
「こ、これは失敬。でも龍馬さんが無事で良かったです」
「心配してくれてありがとう」
「お礼を言うのはこちらです。龍馬さんのおかげでこの命、救われました。これからも長州のため、日本のために尽くすことができます」
三吉は使命感に燃えた目で僕に何度も頭を下げる。僕は彼を助けられて良かったと、自分の行動の正しさを再認識した。
「それにしても龍馬さんも凄いですが、お龍さんも凄いですね。なにせ龍馬さんが目を覚ますまで、三日三晩寝ずに看病していたんですよ。こんな献身的な嫁、三千世界を探しても二人といませんよ」
美人で献身的。こんな素敵な奥さんが旦那に愛されていたかと不安になっていたのだ。その原因を作った龍馬が、やっぱり僕は嫌いだった。
「うっ……っ……」
「目を覚ましたようですね。なら夫婦の時間を邪魔しても悪いですから、私は退室します」
三吉がそう言い残して部屋から去ると、楢崎龍は瞼を擦りながら起き上がる。障子から差し込む光で彼女の姿は輝いて見えた。
「おはよう」
「りょ、龍馬さん!」
「聞いたよ。僕を看病してくれたんだよね。ありがとう」
楢崎龍は僕にギュッと抱き着くと、頬にキスをする。気恥しさから僕は彼女を引き剥がそうとするが、彼女はなかなか離れてくれない。
「龍馬さんが生きていてくれた。本当に嬉しいです」
「僕もだよ。でもそろそろ離れて欲しい」
「これは失礼しました。龍馬さんが私のことを命がけで守ってくれましたから、それが嬉しくてつい……不快でしたか?」
「そんなことはないよ……気恥しいだけさ」
「なんだか今日の龍馬さんは可愛いですね♪」
楢崎龍はクスクスと上品に笑う。先祖なだけあり、笑う仕草が坂本牡丹とそっくりだった。
「君は僕に感謝はしなくていいよ。けれど僕の看病をしてくれたこと、凄く嬉しかったよ。ありがとう」
「うふふ、龍馬さんらしい答えですね」
「知り合いからは、ひねくれ屋だと言われるけどね」
「……もしかして知り合いとは女性の方ですか?」
「そうだね」
「なんだか嫉妬しちゃいそうです……私、龍馬さんを他の人に取られたくありませんから」
「…………」
「龍馬さん、私はあなたのことが大好きです♪」
「それは十二分に知っているよ」
龍馬の傍にいる女性はすべて彼の虜になる。それは楢崎龍とて例外ではない。
「こんな僕をどうして皆好きになるんだろうね? 僕はこんなにも浮気者だというのに……」
何という質問をしているんだ僕はと後悔するも、話を聞いていた楢崎龍はきょとんとした表情をしている。
「龍馬さんは浮気をしているんですか?」
「いいや。そういう噂があるというだけさ」
「ふふふ、私、龍馬さんが皆から愛されていることを知っています。だから女の人が寄ってくることも十二分に分かっています。ただ……」
「ただ?」
「あなたが本当に好きなのは私だけだと信じていますから。嫉妬はしちゃいますけど、私への愛を疑ったりはしていませんよ」
「…………」
楢崎龍は龍馬に本当に愛されているのか不安だと手紙に残していた。本当の彼女の気持ちはどこにあるのか。僕がそれを訊ねる勇気を持てないでいると、再び、頭に強い痛みが奔る。視界が歪み始め、世界はまた移動を始めたのだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます