第二章 ~『薩長同盟の交渉』~


 薩摩の使いに連れられて、僕は薩摩藩邸に辿り着く。呼び出された用件から僕はこれから何が起こるのかを理解する。


 薩長同盟。敵対し合う薩摩と長州を結びつける同盟は立役者である龍馬がいてこそ成りえる。と同時に僕が寺田屋事件ではなく、なぜこの時間に飛ばされたのか見当がついた。


「温泉で薩長同盟について話していたことが理由なんだろうなぁ」


 藩邸の廊下を歩きながら、僕は独り言を零す。案内役の薩摩藩士は不思議そうに僕の顔を一瞥した。


「ここが西郷さんと長州藩士の桂小五郎のいる場所です」


 桂小五郎は薩摩藩の西郷に匹敵する長州藩のリーダーと呼ぶべき男だった。温厚そうな顔つきと物静かな態度は学者のようでさえあるが、誰よりも仲間想いで、誰よりも長州のことを考えている男である。


「龍馬くん、久しぶりだね」

「桂さんこそ、お久しぶりです」


 龍馬と桂は古くからの友人でもあった。そのため龍馬の顔を見て、彼は僅かに嬉しそうに笑う。


 こうして見ると、桂小五郎は獰猛な長州藩士を束ねる立場の男に見えない。だが実力は確かで、禁門の変や新選組によって有力藩士が虐殺された長州を、その力強い統制力で束ね、力を維持してきたのだ。


「龍馬さんが来てくれたことで役者が揃ったでごわすな」


 長州の桂と薩摩の西郷。そして二人と親交が深い中立の龍馬。この三者による会合が始まった。


「西郷くん、会合を始める前に一言だけ言わせてほしい。なぜ薩摩は前回の会合をすっぽかしたのだ!?」

「それは……」

「私はあの件をいまだに許せないのだ」


 薩長同盟を結ぶための会合を開こうとしたのは、これが初めてではない。しかし一度目の会合は西郷が急用ですっぽかしたために、桂は下関で待ちぼうけを食らっていた。


 これがただの会合なら桂もここまで怒らないかもしれない。しかし薩長同盟は仲間を殺された恨みを飲み込み、怨敵である薩摩と手を結ぶというものだ。並大抵の覚悟でできることではない。それにも関わらず約束の場所に西郷が現れなかったことが彼には許せなかった。


「桂さん、随分と強気でもすが、それでまっことよろしいでごわすか?」

「な、なに!」

「薩摩と手を結びたいのは長州でごわす。じゃあどん、下手に出た方がよろしいでもす」


 西郷の言葉に、桂は歯を噛みしめて、ギシギシと音を鳴らす。沸いた怒りを何とか噛み殺していた。


「確かに長州は幕府から逆賊扱いされ、窮地に陥っている。しかしこちらにもメンツがある。そう易々と引くわけにはいかない」


 薩摩と長州、二人のリーダーが睨み合う。互いに一歩も引かない状況に、一歩踏み出したのは桂の方だった。


「西郷くん、確かに君の言う通り、長州は薩摩の協力が欲しい。しかし長州が滅びれば、薩摩も窮地に立たされるのではないか?」

「…………」

「もし長州が滅びれば、次は薩摩が狙われるといっているのだ。なぁ、龍馬くん」


 桂の呼びかけに従い、僕は知っている情報を頭から引き出す。


「西郷さんにも以前伝えましたが、幕府は海外とも手を結んでいます。長州が滅びて、力関係が崩れると、海外は幕府に一層の協力するようになります。そうなれば長州と同じように薩摩への武器輸出を止めることも可能になります」

「西郷くん、分かっただろう。崖っぷちなのは薩摩も同じ。なら前回の会合に遅れた薩摩が謝るのが筋ではないのか?」

「…………ッ」


 西郷が唇を噛みしめて思案する。彼の頭の中にも長州に殺された仲間たちの顔が浮かんでおり、簡単に頭を下げることができなかった。


「西郷さん、僕も謝るべきだと思う」

「龍馬さん……」

「個人のプライドのために薩摩の人たちを苦しませるのは本意ではないでしょ?」

「…………」


 幕府と薩摩が戦うことになれば大勢の民が苦しむ。西郷は僕の言葉を受けて答えを出したのか、スッと頭を下げる。


「前回の会合に参加できず、まっこと、すまんかった」

「西郷さん……薩長同盟成立ですね!」


 二人の偉人が握手し、これで大政奉還は成したも同然だと、僕は頬を緩める。そして気を抜いたからか、それとも同盟を見届けたからか、僕の頭に鋭い痛みが奔る。視界が白く染まり、世界が移り変わろうとしていた。


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