21 逮捕してくれ!(2)

 逮捕されてしまえば、フランクたちの手は届かなくなるから、殺されることはないはずだ。そして警察にはフランクたちブルーパンサーに雇われていたと本当のことを言えばいいのだ。ジョージとアンディが逮捕されているから、警察もブルーパンサーの情報を欲しがるだろう。それを交換条件に、早期の釈放も見込めるかも知れない。逮捕されたら弁護士もつくはずだし、警察との交渉をしてもらえるはずだ。ブルーパンサーに恨みを買うことを考えると、身の安全を条件にするのもいい。それに上手くいけば、パスポートの再発行にも手を貸してくれるかも知れない。もしかしたら強制送還になるかもしれないが、それならそれでもいい。少し不自由な時間を過ごすことになるかも知れないけど、魚の餌になるよりははるかにましだ。


 ――これだ、これしか方法はない。


 ここは同行を拒否するのだ。少しぐらいなら、悪態をつくのもいいだろう。


「嫌だね。なんで俺たちがあんたらの言うことを聞かなければならないんだよ」

 チャールズはそれまでとは違って、わざと棘がある言い方をした。

 警察官の顔色が変わった。横に立っていたもうひとりの警察官が無線で応援を要請した。


「用が終わったら、さっさと消えろ!」

 チャールズはボタンを押して窓を閉めた。慌てた警察官が窓を叩いてきた。しかしチャールズはそれを無視して、ディンゴに自分の考えを早口で説明した。そして警察には適度に抵抗するよう命じた。


「やり過ぎるな。適度にやればいい。そうすれば必ず上手く行く」

 ディンゴがうなずくと、チャールズは窓を開けた。

「なんだよ、まだなんかあるのかよ」


 チャールズが面倒くさそうに言うと、警察官はすぐに車から降りてくるように言った。ディンゴが座っている助手席側にも、二人の警察官が張り付いた。ディンゴはチャールズに言われたとおりに、反抗するような態度をとっている。


 すぐに車から降りるように何度も言ってくるが、それを無視していると、警察官が徐々に苛ついてくるのがわかった。


 ――この辺でいいだろう。


 チャールズは窓の外に立つ警察官の胸を軽く小突いた。それを見ていたディンゴも同じように外に立つ警察官の胸を小突いた。


 警察官が待ってましたという表情をあらわにした。

「公務執行妨害であなた方を逮捕します。すぐに車から降りなさい」


 警察官が大声を出すが、チャールズとディンゴは抵抗を止めずにいた。

 警察官の手が窓から入ってきて、ドアのロックを外した。ドアが開くと、チャールズとディンゴは引きずられるようにして車の外へ出された。


 二人に手錠がかけられた。


 ――これでいい。これで俺たちは魚の餌になることはなくなった。


 チャールズは気持ちが軽くなるのを感じた。警察官が何か言っているが耳に入ってこない。


「アニキ」

 ディンゴがチャールズを見ている。

「ディンゴ、必ず迎えに行くからな」


 チャールズが涙ながらに言うと、ディンゴも涙を浮かべながら何度もうなずいた。

 それを見ていた警察官が静かにしろと言って、チャールズの頭をペシッと叩いた。

 チャールズは一瞬、ムカッとしたが、すぐに「すみません」と言って、頭をペコリと小さく下げた。望み通りに逮捕してくれたのだ。ここからは大人しくしていよう――。


 一人の警察官が走って来た。息を切らせている様子からして、かなり慌てている。チャールズの横に立っていた警察官がどうしたのかと声をかけた。


「いましがた、車を爆破した犯人と思われる人物が逮捕されました。それと仲間とみられる人物の居場所も特定されたみたいです。至急、現場へ向かうようにとのことです」

「わかった、すぐに行く。だが、こいつら……」


 警察官がチャールズとディンゴを見て言葉を詰まらせた。

「どうしたんだ?」

 少し離れたところにいた男が声をかけてきた。男はサングラスの縁を神経質そうに持ち上げながら警察官を見た。


「野上刑事」

 警察官の声が緊張味を帯びた。

「そこの汚いの、どうかしたのか」

「はい、この二人が車の中にいたところを職務質問したのですが、反抗して本官の胸を小突いてきたので、公務執行妨害で現行犯逮捕したところです」


「他になにかあったのか。それと、車の中はどうだった」

「いえ、特になにも。車に積んである荷物の中にも、とくに怪しいものはありませんでした」

「そんならもういい。放しちまえよ。そんな下らないことで、しょっ引いている暇などないからな。向こうの方が優先だ。犯人は武器を持っているらしい」


 野上がそう言ってサングラスの奥から睨みを利かせると、警察官が、わかりましたと言って、他の警察官にチャールズとディンゴの手錠を外すよう命じた。


「ちょっと待て、なんで手錠を外すんだよ」

 手錠を外されたチャールズは、警察官に向かって言った。


「逮捕は取り消しだ」

「そんな……。おい、ちょっと待てよ。なんで逮捕しないんだよ」

「警察も暇じゃないんだよ。さっさと、どっか行け」

 警察官がハエを追い払うような仕草をした。


 ――まずい、それじゃあまずいんだよ。


 チャールズは全身の血の気が引いていくのを感じた。このままだと確実に魚の餌だ。それは絶対にダメだ。


「頼む。逮捕してくれよ。でないと……」

「でないと、何だ? あん?」

 野上が顔を斜め四十五度に保ったままチャールズの胸ぐらを両手で乱暴に掴み取るとドスの利いた声で言った。


「あ、あの、だからなぜ逮捕されないのかと……」

「うるせえな。これ以上、俺らの手を煩わせるなら殺すぞ」

 野上が銃を取り出してチャールズの顎に突きつけた。

 チャールズの両手が自然と上がった。


「野上さん、どうしたんです」

「ああ、片那さんか。こいつら公務執行妨害で一度パクったんだが、あっちがわさわさしてきて、面倒だから放そうとしたら、逮捕してくれって言うんだよ。こいつら頭おかしいんじゃねえか」


 片那と呼ばれた男が、あたりをざっと見回して、バカバカしいというように両手を広げた。


「暑さで頭がやられているんじゃないですか。とにかく野上さん、こんなの放っておいて早く行きましょう。向こうは大事になっているらしいですよ」

 野上がうなずいた。

「そういうことだ。言っていることの意味がわかるよな、おい」

 野上がチャールズの顎に、より力を込めてグイグイと銃を押し付けた。


 チャールズの顎がこれ以上あがらないほど持ち上げられた。チャールズは何も言えないまま、何度も首を小刻みに振るしかなかった。


「そうだ。わかればいいんだ」

 野上は銃を懐のホルスターに仕舞うと、チャールズの肩を軽く叩いた。そして警察官らに向かって、すぐに応援に行くよう号令をかけた。


 警察官たちはあっという間にいなくなり、チャールズとディンゴだけが取り残されてしまった。


「アニキ、どうしましょう」

 悲壮な表情でディンゴが言った。


「わからねえ。なんで逮捕されないんだよ」

「爆破した犯人が捕まったって言っていましたけど、フランクさんたちのことなのかな」

「そんなわけねえよ。フランクはそんなドジは踏まねえ。捕まったのはたぶんイワサキたちだろう。フランクは仲間を売ってでも、自分ひとりだけ生き残ろうとする奴だ。今頃はこっちへ向かっているかもしれねえな」


「だったらどうするんです」

「さあな」

 チャールズはその場にしゃがみこんだ。

「でも、アニキ」

「なんだよ」

「思ったんですけど、俺たちはこのままこの車に乗って、フランクさんからの連絡を待っていればいいのではないですか? フランクさんの仕事をちゃんとすれば、俺たちは解放されるんですよね」

「……?」


 それもそうだ。話は元に戻っただけじゃないか。警察官もいなくなったことだし、このままここに居ればいいだけなのだ。何をトチ狂っていたのだろうか。逮捕されなかったことは、いいことじゃないか。


 だけど、そのことをディンゴから知らされたのが気に入らねえ。


「そんな事は、とうにわかっている」


 チャールズはディンゴの頭をペシッと叩くと車に乗り込んだ。ディンゴはなぜ頭を叩かれたのかわからずにキョトンとしている。


 ――恥をかかせやがって、クソ野郎。


 チャールズはシートを倒すと、ハンドルに両足を乗せて目を閉じた。

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