18 二人は預かった(2)

 楓音とレイは誘拐されていなかった。それなのになぜブルーパンサーは自分とマリアをここまで呼び出したのだろうか。一体何のために――薫の中にそんな疑問が思い浮かんだ。


「奴らの狙いはなんだろうね」

 マリアがぽつりとつぶやいた。

「呼び出されたってことは、何か用事があるんだろう」

「余裕ね」

「楓音とレイが無事だったからな」

「怖くないの?」

「マリアがいれば怖くはないさ」

 マリアが含み笑いをして「そうね」と言った。


 三時になった。薫がスマートフォンを手にするとマリアがうなずいた。

 あいつらが何をしたいのかわからないけど、この間の借りはきっちりと返させてもらう。

 薫は楓音の番号を呼び出すと、スマートフォンに耳を当てた。ワンコールも鳴り終わらないうちに相手は出た。


「時間ちょうどですね。どこにおられますか?」

 イワサキが丁寧な口調で言った。薫は隣にいるマリアに向けて親指を立てた。

「会場の入り口近くです」

「では、いまの爆発音はお聞きになられましたね」

「ええ、何があったのですか」

「それは、すぐにわかります」

「それで、俺たちはこれからどうすればいいのですか」

「一つやってほしいことがあります」

「何でしょうか」


「駐車場へ移動していただき、燃えている車の前に立っている若い方の男を撃ってもらいたいのです。一緒におられるお嬢さんなら造作もないことです」

「でも、人を撃つなんて、そんなこと出来ません」

「妹さんたちがどうなってもいいということでしょうか」

「そんなことは言っていません。ただ……」

「もしやりたくないというのなら仕方がありません。二度と妹さんたちには会えなくなるだけですから」


 薫はわざと沈黙した。隣にいるマリアはニコニコしている。

「どうするのです。やりますか、それとも――」

 痺れを切らしたのか、イワサキの方から言ってきた。


 マリアが薫を見てうなずいた。

「そいつを撃てば楓音とレイはすぐに解放してくれるのですか」

「もちろんです。すぐに解放します」


 真面目に話すイワサキの声に、薫は腹の底から湧き上がってくる笑いを堪えるのに必死だった。あのジジイはどんな顔をしてこんな話をしているのだろうか。想像するだけで可笑しくて仕方がない。


「わかりました。すぐにやります」

 声が上ずりそうになったが、なんとか堪えた。

「一分です。今から一分以内に実行して下さい。それ以上かかるようですと、妹さんたちの命の保証はありません」

「ま、待って下さい。それだけは、やめて下さい。お願いします」


 薫はわざとらしく必死さをアピールしてみた。隣にいるマリアは手を口に当てて必死に笑いを堪えているが、もう限界のようだ。


「そう思われるなら一分以内にすべてを終えることです。この電話が切れたらすぐにカウントダウンが始まります。それでは後ほど」


 電話が切れた。その瞬間、薫とマリアは声を上げて笑いだした。この状況をイワサキに教えてやりたい。


「一分以内に撃てってさ。そうしたら、かわいい妹たちを解放してくれるみたいだ。どうする?」

「撃つって、誰を?」

「さあね。とりあえず行ってみようか」


 薫とマリアは駐車場へと急いだ。駐車場を囲むようにして植えられてある木々の間から中の様子を窺ってみた。車が黒煙を上げて燃えている。さっきの爆発音はこの車だったようだ。そして車から少し離れたところに二人の男が立っている。


 薫は横にいるマリアを見ると、マリアが軽くうなずいた。マリアもすぐにわかったようだ。あの無駄にイケメンなのは、マイク・スミスで間違いない。もう一人の男は初めて見る顔だが、これまでの経緯から考えれば、おそらくブルーパンサーのボス、フランク・マッキンゼーだろう。


「殺ってほしいのは、マイク・スミスみたいだな」

「あいつなら、殺ってもいいかな。あんな腹の立つ奴、そうはいないわ」

「本気か?」

「もちろん。こんなチャンスそうそうないからね」

 マリアが真面目な声で言った。


「あいつはCIAだぞ。下手をしたら外交問題だ」

「外交問題? だからなによ」

「はあ?」

「冗談よ。ざっと確認してみたわ。奥のワンボックスカーからマイクに向けてライフルを構えている奴がいるのが見えたけど、他にはそれらしき奴はいないわね。もしかしたらワンボックスカーの中にもう一人、二人いるかもしれないけど」


「なんで、そいつに撃たせないで、俺たちにやらせようとするんだろうな」

「たぶん黒煙が邪魔で撃てないんだと思う。それかCIAと面倒くさいことになりたくないということも、あるかもしれないわね。まあ、自分たちの手は汚したくないってところじゃないかな」


「ならばワンボックスカーから始末しようか。俺とマリアを殺そうとしたんだ。軽く挨拶だけはしておいた方がいいんじゃないか」

「それもそうね。一分以内にやればいいんでしょ」

「結果的に、奴らは自分たちへのヒットを指示してきたってことになるな。おまけに時間まで指定して」


「自分たちが狙われているなんて、夢にも思っていないでしょうね。いま頃は時計を見ながらマイクが撃たれるのをワクワクしながら待っているでしょうから」

「マリア、話はここまでだ。奴らの指示通りにするなら、あと十五秒もないぜ」


 薫が言うやいなやAK12の銃声が響いた。

 一発、二発――。

 マリアは淡々と引き金を引いた。

 一発は男が持っていたライフルに当たり、もう一発はワンボックスカーのガソリンタンクに撃ち込まれた。


 フランクとマイクがこっちを見ている。

「マリア、見つかっちまったみたいだぜ」

「ちょっと待ってもらってよ。それよりも、どうする? ガソリン漏れているけど、燃やしちゃう?」

 マリアが事務的な口調で訊いてきた。


「好きにしろよ。だけど殺すなよな」

「だったら、燃やそうかな。せっかくガソリンが漏れていることだし。でも、その前に少しだけ遊んじゃおうかな」


 再びマリアがAK12を構えると、ワンボックスカーの中から三人の男が慌てて出て来た。思った通り、イワサキもいる。ガソリンが漏れている事に気がついたのだろう。火がついたら一巻の終わりだ。マリアはそんな男たちをあざ笑うかのように四つのタイヤに次々と弾を撃ち込んだ。AK12の銃声が鳴り響く度に、男たちの体がビクッと震えるのがコントを見ているようで面白い。


「それでは、仕上げといきましょうか」


 マリアがそう言った瞬間、一発の銃声が鳴り響いた。同時にワンボックスカーは瞬く間に炎に包まれた。三人の男たちが必死の形相で車から離れていく。


 薫はその様子を見て「さて、行くか」と言ってマリアに手を差し伸べると、マリアが薫の手を取った。


「AKは俺が担いでいくよ」

 薫はマリアからAK12を受け取ると右肩に掛けた。


「ここまで来たんだ。けじめだけは付けさせてもらおうぜ」

 薫とマリアは、マイクとフランクに向かって歩き始めると、炎に包まれていたワンボックスカーが大きな爆発音をたてた。

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