18 二人は預かった(1)

 今日のマリアはこの前以上にキレている。百キロ以上のスピードで次々と車をパスしていく。瞬きする間もなく過ぎていく光景は目で追えないほどだ。まるで空を飛んでいるような錯覚さえ覚える。


 ――早く着いてくれ。


 薫はマリアに必死でしがみつきながら祈るしかなかった。この前と違ってヘルメットをしていることが救いだが、そんなことさえ疑問に思えてくるほどのフルスロットル。この状況ではヘルメットの存在などあってないようなものにしか思えない。


 やがて右手に海が見え、海と森の公園の標識が見えてくると、薫は胸を撫で下ろした。あと少しで死を予感させるランデヴーが終わる。


 指定された時間よりも十五分も早く着いてしまった。家を出てからまだ二十分ほどしか経っていない。薫はすぐに電話をしようとしたが、マリアは指定された時間まで待ったほうがいいと言った。イニシアチブは向こうにあるから、こちらから変な動きはせずに、言われた通りにするのがいいというのがその理由だった。


 薫はマリアの助言に従い、公園の入り口のところで、指定された三時まで待つことにした。気持ちが落ち着かず、ソワソワし通しだったが、マリアは普段と変わらないように見える。


「なぜ、そんなに落ち着いていられるんだ」

「そう見えるだけよ。内心は薫と大して変わらないと思うわ」


 やはりそうだよな。マリアもレイのお姉ちゃんだからな。

 薫とマリアが苛立ちを覚えながら公園の入口に立っていると背後から声がかかった。振り返ると、薫はあっけにとられてしまった。声の主は、拐われたはずの楓音だった。もちろんレイも一緒にいる。


 マリアはあまりの驚きからか、ロシア語でなにか言うと、レイと楓音に抱きついた。


 どうしたのかと訊くと、楓音の方がどうしたのと訊いてきた。不思議に思っているのはお互い様のようで、話が噛み合わなかったが、話していると、楓音とレイのスマートフォンが盗まれたことがわかった。


「あのジジイ、楓音から盗んだスマホで電話をかけてきたのか」

「でも、なぜ楓音とレイが私たちの妹だと知っていたのかしら」

「俺たちのことは徹底的に調べていたんだろうな」


 でも、これで心配することはなにもなくなった。それどころか、上手くすれば、相手を手玉に取ることもできるかもしれない。一転して、あの時のケリをつけるには絶好の機会となった。これにはマリアも異論はないだろう。だが、楓音とレイは帰したほうがいい。


「ねえ、ねえ、マリア。それってコスプレなの?」

 楓音はマリアの格好に興味津々の様子だ。


「これ? これは、その……」

「コスプレだよ、コスプレ。なんでか知らないけど、こんな格好してくるからさ。俺の方が恥ずかしくてしょうがないよ」


 薫が割って入った。下らないことで時間を取られたくない。とにかく、この二人は早く家へ帰さないと。


「それじゃあ、その拳銃は偽物なんだ。なんか本物みたいだね」

「当たり前だろ。楓音は、俺の持っているモデルガンをよく見ているだろ。あれと同じだよ。まあ、そんなことはいいとして、とにかく楓音とレイはすぐに家へ帰れ。スマホは俺たちがなんとか探すようにするから」


「なんで帰らないといけないのよ」

 楓音は見るからに不満そうだ。レイも同じような顔をしている。

「スマホが盗まれたんだ。こっちから連絡がつかないと危ないだろ。それにレイちゃんは親父の親友から預かっているんだ。それくらい理解しろよ」

「それじゃあ、お兄ちゃんたちと一緒にいるから。それならいいでしょ」

「――だ、だめだ」

「なんでよ」

「だから、その――俺とマリアは、その……、デ、デートをしているからだ。だからだめだ」


 薫は言いながら横を向いてしまった。顔が熱い。マリアが肩を震わせている。いまにも吹き出しそうだ。言いたくはなかったけど、こんな方便しか思いつかなかった。頼むからマリアは黙っていてくれ。


「お姉ちゃん、デートなんだ。ここならパパの目は届かないから安心だね」

 そう言ったレイの意地の悪い目がマリアを捉えている。だが、楓音は「デートねえ」と言ったきり黙っている。その目は、あからさまに疑っている。


 ――これ以上は、ヤバい。


「とにかくそういうことだ。タクシー代は払ってやるから、お前らは帰るんだ」

 薫はタクシー乗り場に二人を無理やり連れて行き、そのままタクシーに乗せると、運転手に行き先を告げた。


 タクシーを見送り、薫は急いで時計を確認した。三時まであと三分もない。


「デートねえ――」

 そう言ったマリアの声は、意味深長に聞こえた。

「デートって言っても、深い意味はないからな。あれは方便だ」


 薫はぶっきらぼうに言ったが、マリアの様子を見る限り、まったく通じてはいないみたいだ。

 ――あとで、ちゃんと話し合うべきか。


 そんな事を考えながら歩いていると、いきなり駐車場の方から大きな爆発音がした。黒煙が立ち上っているのが見えるが、ここからでは何があったのかわからない。すぐに行きたかったが、あと少しで約束の時間だ。まずは、こちらから対処しなくてはならない。

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