20 フランクの誤算(2)

 フランクが振り返った。


「心配するな。まだ生きている。なんならとどめを刺してやってもいいけどな」

 マイクは梁の上から飛び降りるとフランクの前に立った。


「お前、なんでここに」

「俺があのまま引っ込むとでも思ったのかよ。甘いぜ、セニョール」

 マイクは片手で持ったコルト・パイソンを顔の前で左右に振ると、目を大きく見開いたままでいるフランクに向けて照準を合わせた。


「まずは、デザート・イーグルを捨ててもらおうか」


 マイクはコルト・パイソンの銃口を上下に揺すってフランクを促した。だがフランクは動こうとしない。


「仕方ない。手伝ってやるよ」


 コルト・パイソンが音を立てると、デザート・イーグルがフランクの手の中から吹っ飛んだ。マイクが笑みを浮かべると、フランクの顔に初めて恐怖の色が浮かんだ。


「そういえば、あと一人、爺さんがいたはずだな」

 マイクはわざと大きな声で独り言のように言った。

「ああ、そうか、そこだったな」


 マイクは止めてある車に向けて一発打ち込んだ。後部ドアに命中したが、中からは動きがない。マイクはもう一発放ってみた。今度は後部の窓ガラスに命中して、弾はそのまま反対側の窓を突き抜けていった。


「次はガソリンタンクを狙うぜ。出てくるのならいまのうちだ」


 マイクはそう言って狙いを定めると、すぐに後部のドアが開いた。イワサキが待ってくれと言いながら、這うようにして出て来た。マイクは倒れているジョンとマックスの横に座るよう目で促すと、イワサキは大人しく従った。


 マイクはマリアを縛っていた縄を使ってイワサキの両手を後ろ手に縛った。


「薫、見直したぜ」

 マイクが一丁上がりという感じで、ぱんぱんと手をはたいた。

「なんとでも言ってくれ」

「照れるなよ」

 マイクは薫の肩を小突いた。

「ありがとう、薫」

 マリアが薫の腕にしがみついた。しかし薫は嫌がりもせずに、そのままでいる。

「なんで嫌がらないの? いつもは嫌がるのに」

「さあな。マリアにこうしてほしかったから、ここへ来たのかもな」

「まったく、見ていられないぜ」


 マイクは二人を見ていて、急にアメリカへ帰りたくなった。自分も親しい人と会いたいという気持ちにさせられた。できればマリアみたいなかわいい女の子がいいのだが、それは帰ってから考えるか――。


 そのためにも、さっさと仕事を片付けてしまわなくてはならない。あのクソジジイの尻拭いも、今日でお終いにすると決めているのだ。ブルーパンサーのクソ共とヘンリー・イワサキの面倒は警察が請け負ってくれるだろうから、あとは仕上げだけだ。さっさと片付けてしまえば、今夜のフライトに間に合うかもしれない。


 マイクは握りこぶしを手のひらに打ち込んで気合を入れた。その時、エンジン音が耳に入ってきた。見るとフランクがNinjaに跨っている。


 ――しまった!


 マイクがそう思った時、バイクはすでに走り出していた。咄嗟にコルト・パイソンを構えたが、フランクはすでに倉庫の外へ出てしまっていた。マイクはフランクたちが乗ってきた車に乗り込んだ。薫とマリアもそのあとに続いた。


「油断した。だが、逃しはしない」

「こいつらはどうする?」

 薫がジョンとマックスとイワサキを見ながら言った。

「二人は歩けないし、爺さんは動けなくしてあるから、このままここに置いておけば、そのうち警察が回収に来るだろう。それよりもフランクだ。あいつだけは逃さない」

「当然よ。私の頭を踏みつけておいて、ただでは済まさないから。たっぷりと地獄を見せてあげるわ。マイク、ゴーアヘッド!」

 マリアが囃し立てるように、運転席に座っているマイクの背もたれをバンバンと叩いた。

「Gotcha!」

 マイクが叫ぶようにして言った。


 倉庫内に甲高いスキール音を立てて、車は倉庫の出口へと向かった。外へ出ると、フランクはすでにかなり先を走っていた。


「まずいな。あんな先にいやがる」


 マイクは祈るような気持ちでアクセルを踏み込んだ。やはり、さっき殺っておくべきだった。いま頃後悔しても遅いのはわかっているが、自分の甘さには辟易する。とにかくフランクに先に行かれたらまずい。なんとしても止めないと、また厄介なことになるかもしれない。


「これ、私のだよね」

 マリアは車内に置いてあったAK12を手に取ると丹念にチェックしている。

「ここから狙ってみるわ」


 マリアがヒビだらけの窓を銃床でぶち抜いて、前を走るフランクに向けてAK12を構えた。マイクはルームミラーでマリアの様子を窺ってみた。マリアはスコープを覗いてフランクを追っている。マリアの髪が風で煽られているのを見て、これでは無理だと思った。揺れる車体、強い向かい風、おまけにフランクは三百メートル以上先にいる。どんな射撃の名手でもこの状態でフランクに命中させることなど不可能だ。


 マイクが別の方法を考えようとした時、突然、マリアが車を止めてと大声を出した。マイクはなぜだと言ったが、マリアはいいから早く止めてと、今度は怒鳴るようにして言った。マイクはわけもわからずにブレーキを踏んだ。音をたてて車が止まると、マリアはすぐに外へ出た。そして片膝をついて狙いを定めると引き金を引いた。


 銃声が響き渡った。ほぼ同時にフランクがよろめいた。すぐにもう一発放たれると、バイクは完全に止まり、フランクが慌ててバイクから降りるのが見えた。そして再度の銃声。バイクが炎に包まれた。


「やったぜ!」

 その光景を見て、マイクは思わず声を上げた。

「まるでブリーフを穿いたスナイパーみたいだな」

「なんでアメリカ人がそんなことを知っているんだ。それにマリアは女だ。ブリーフは穿いていない」

「もう確認したのか。早すぎないか」

「アメリカの女の子はブリーフを穿いているのか?」

「そういうのもいるらしいが、よくわからないな」


 ――ノリが悪いな。少しは合わせてくれてもいいだろうに。それとも余計なことを言ってしまったのだろうか。

 マイクの頬に汗が伝った。

「この光景は、絶対に親父には見せられないな」

 燃え上がるNinjaを見ながら薫が大きく息を吐いた。


 マリアが再び引き金を引くと、フランクのすぐ横で土煙が上がった。

フランクがふらふらとその場に座り込んだ。


「戦意喪失か――」


マイクはマリアが車に乗るのを確認すると急発進させた。

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