16 突然の電話
「ねえ、薫。ちょっとだけ遊びに行こうよ」
マリアが薫の腕にしがみついて、にっこりと笑った。
「だめだよ。今日は家にいろって言われただろ」
「片那お父さんも、由佳お母さんもいないし。少しだけなら大丈夫だよ」
「一日ぐらい、じっとしていてもいいだろう」
「だってさあ――。もう、つまんない。つまんない。つまんない。楓音とレイはフェスティバルに行っちゃうし、ねえ、ずるいと思わない」
「うるさいな。少しは大人しくしていろよ」
薫は鬱陶しくなって、マリアに背を向けて寝転がった。
「また寝てるし。薫ってしていることがいつも同じなのね」
マリアは捨て台詞を残して部屋から出ていった。
――うるせえ。放っといてくれ。
とは言うものの、マリアの言っていることは正しい。でも今日は仕方がない。家にいろと言われているのだから。
これは断じて引きこもっているのではない。
スマートフォンが鳴った。画面を見ると、楓音の番号が出ている。
――楓音から電話なんて珍しいな。
薫はアイコンをスライドさせると、スマートフォンを耳に当てた。
「楓音、どうしたんだ」
電話に出るなり薫は呼びかけた。だが、聞こえてきたのは楓音の声ではなく、男の声だった。
「薫くんですか。本当に生きていたんですね。びっくりしました」
「あんた誰だ」
薫の声が自然と険しくなった。
「あのコンテナに囲まれた建物でお会いしましたが、私の声、お忘れになりましたか?」
コンテナ? すぐにあの時のことが思い出された。そうか、あの時の初老の男。たしかイワサキとかいう奴だ。
「あの時のジジイか」
「これは酷い言われようですね」
「俺とマリアを殺そうとしたんだ。当然だろう」
「そう言わないでください。私は殺したくありませんでしたけど、あの時は仕方がなかったのですよ」
「そんなことは、どうでもいい。なぜ、あんたが楓音のスマートフォンを持っているんだ。答えろ」
「少しお借りしているだけです。それよりも本題に移りましょう。薫くんとマリアさんの妹を預かっております。助けたいと思うのでしたら、マリアさんと二人で、三時にこちらへ来て下さい。要件はそれだけです」
「こちらって、そこはどこなんだ」
「海と森の公園の駐車場です。着いたら、この妹さんのスマートフォンに電話をして下さい。その時にまた指示を出します。断っておきますが、このことは他言無用です。況してや警察に通報など以ての外です。それと時間は厳守してください。たとえ一分でも遅れたら、妹さんたちの身の安全は保証できませんから。それでは、お待ちしております」
「お、おい、待て!」
薫の呼びかけには応えず、電話は一方的に切られた。掛け直そうと思ったが、向こうは人質を取っているのだ。こっちの言うことなど聞くわけがない。時間の無駄だ。すぐに行くしかない。二時二十分。親父のNinjaなら、三時には間に合うはずだ。
薫は片那に電話を入れてみた。だが、繋がらない。
片那は警視庁の知り合いから、逮捕されたブルーパンサーのメンバー二人が急遽、釈放されることになったみたいだと連絡を受け、詳しい事情を聞きに行くと言って、今朝早く家を出ていった。薫は気になったが、まだ決まったわけではない、と言う片那にそれ以上のことは聞けなかった。
ここでイワサキからの電話ということは、このこととなにか関係があるはずだ――。
薫は電話を一度切って、もう一度かけてみた。が、同じだった。片那が電話に出る気配すらしなかった。
薫は高鳴る鼓動を抑えようと大きく深呼吸をしてみた。
電話が繋がらないということは、まだ取材中かもしれない。しかし、たとえ繋がったとしても、何も言えないから、これでいいのかもしれない。
とにかく行くしかない。自分とマリアを殺そうとした奴だ。楓音とレイが無事でいられる保証は何もない。
――さて……。
薫は気持ちを落ち着かせるために、もう一度大きく深呼吸をした。
――大丈夫だ。
声に出して自分に向けて言ってみた。
そして頬を両手で叩くと「よし」と声を出して気合を入れた。
薫は部屋を出ると、勢いよくマリアの部屋のドアを開けた。
着替え中のマリアと目が合った。
「なんで、いつもこんな時にドアを開けるのよ」
この前と違って、下着姿だったが、マリアは恨めしそうに薫を見ている。
「なんで、いつも着替えているんだよ」
マリアとは逆に薫は落ち着いていた。
「知らないわよ。早く出ていって」
「そんなことはどうでもいいから、早く着替えろ。それとAKでもトカレフでもなんでもいい。持っている銃を全部持ってきてくれ」
いつもと様子が違う薫に驚いたのか、マリアは下着姿のままでぽかんとしている。
「早くしてくれ!」
「どうかしたの?」
「あのコンテナの建物で会った、ジジイを覚えているだろ。そいつから電話があった。楓音とレイが拐われた。助けに行くから早くしてくれ!」
「拐われたって?」
「いいから早くしろ」
薫は急いで片那の部屋に降りていき、机の引き出しを開けてバイクの鍵を手に取った。片那が自分の命だと言って憚らないNinja 1000の鍵だ。マリアがこいつを全開で走らせれば、三時には余裕で間に合う。
――親父、悪いけど一大事だから借りるよ。
片那は机の前で両手をあわせると、深々と頭を下げた。
薫が玄関に出るとマリアが降りてきた。
薫はマリアを見て唖然とした。水色のセーラーのチュニックワンピースに、AK―12を背負い、左右にデザート・イーグルが収められたショルダーホルスターを付けている。
――ロリィタに銃か……。マリアのセンスはわからない。なぜ、その格好なんだ。
「どうしたの? 行くよ。レイと楓音が待っている」
「デザート・イーグルか。強力だな」
「私たちの可愛い妹を拐ったんだから、こいつをぶっ放して差しあげようと思って」
「異論はない。こいつで行くぞ」
薫はNinjaの鍵をマリアに投げると、マリアはオッケーと言って、手のひらで受け止めた。
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