15 幾重もの保険
チャールズとディンゴは、フランクとその手下であるジョンとマックスに囲まれて、セイフハウスの床に座らされていた。
二人は、昨日の朝から行方をくらましていたが、フランクはすぐにガリアーノ・ファミリーのボス、アンドレア・ガリアーノに連絡を取り、彼らの情報網を使って二人を探すように依頼していた。
ガリアーノ・ファミリーの情報網は一般の企業から裏社会まで繋がっている。もちろん日本にも情報網はある。ガリアーノは二十四時間以内に見つけると約束すると、その言葉通り、二人はあっけなく見つかり、今朝早くここへ連れてこられた。
マイク・スミスの動きを封じるためにマリア誘拐を計画し、その実行役としてチャールズとディンゴを雇ったのだが、何の役にも立たなかった。そしてもうひとつの誤算は、ロシア側の反応の悪さだった。まっさきに動き出すと思っていたのだが、まったく反応を示さなかった。マリア誘拐の情報は確かにFSBに伝わっていた。なのに、彼らはまったく動かなかったのだ。
結局、思惑が外れ、マイク・スミスの動きは止めらなかった。そして一日を無駄にしてしまったことに業を煮やしたフランクは、捕らえたマリアを始末するようイワサキを通じて指示を出したが、それも失敗した。それどころか、マリアと助けに来た小僧を逃してしまっただけでなく、マイク・スミスに捕らえられて、何もかも囀りまくるおまけまで付いてしまった。
この失態の責任を曖昧にしておくわけにはいかない。
「ご苦労さま。今回はよくやってくれましたね」
いくらチャールズとディンゴとはいえ、フランクの皮肉を理解したのか、二人は何も言わない。
「まあ、いいでしょう。ところで、あれだけ失敗を重ねたのですから、本来なら、お二人には責任をとってもらうのですが、どうでしょう、挽回するチャンスを欲しいとは思いませんか」
フランクはチャールズとディンゴを交互に見た。
「何をするのですか」
少し間を置いてから、震え声でチャールズが言った。打ち合わせをした時とは、態度も言葉遣いも別人のようだ。
「簡単なことです。指定する車に乗ってもらえればいいだけです。あとは、指示があるまで、その車の中で待機する。それだけです。いくらあなた方でも、これは失敗しないと思われるぐらいに簡単な仕事です。どうですか、やりますか? もちろん、報酬はお支払いしますし、今回の失敗もすべて見逃しましょう」
フランクが言い終わったあとも、二人は何を考えているのか、黙ったままでいる。
フランクの大きなため息が漏れた。
「やりたくないのなら、断っていただいて結構です。他をあたりますから。その代わり、今回の責任はとっていただきます」
「それをやったら、俺たちは自由になれるのですか」
「もちろんです」
チャールズとディンゴはお互いの顔を見合わせている。だが、二人の口からは何も出てこない。
「わかりました。やる気がなさそうですね。それでは後のことはこの二人に任せますので、彼らの言うことに従って下さい」
冷めた口調でフランクが言うと、二人の顔色が変わった。
「や、やります。なんでもやります。ですから……」
二人はフランクの足元まで来て、すがるようにして懇願した。
――まったく、ここまで追い込まれないと決められないのか。
フランクは横に立つ二人の部下に向かって一瞥すると部屋を出た。
* * *
フランクは海と森の公園の第二駐車場に入ると、運転する黒のセダンをフェスティバル会場の入口から一番離れたスペースに止めた。千台以上もの車を収容できる広大な駐車場だが、会場の入り口に近い駐車スペースから埋まっていくせいで、フランクのまわりにはまだ一台の車も止められていない。
フランクの車の後に続いて、ワンボックスカーとミニバンが入ってきた。ワンボックスカーには、ジョンとマックス、それにヘンリー・イワサキ、そして、ミニバンにはチャールズとディンゴが乗っている。二台はそれぞれフランクの車から少し離れたところで止まった。
ミニバンは目立たせたくない。フランクは車が多く駐車している入り口に近い場所に移動するよう携帯で指示を出した。ミニバンが入り口近くまで移動すると、丁度、入り口に最も近いスペースが空き、ミニバンはすかさずそのスペースに滑り込んだ。
――それでいい。
フランクは次の指示があるまでは、絶対にそこから動くなと念を押して電話を切ると腕のロレックスを確認した。一時五十分。マイクとの約束の時間には、まだ一時間以上あるがこれは予定通りだ。
今朝早く、アンドレア・ガリアーノからアンディとジョージが釈放されるようだ、という連絡が入った。マフィアは日本の警察内部にまで入り込んでいるのだろうか、などと思いながらも礼を言って電話切った。そして、その後すぐにマイクからも同様のことで連絡が入った。マイクは本当に約束した通りに事を運んでいたのだろうか、そう思いたくなるような二人からの連絡はフランクを惑わせた。
あの日、マイクが約束したことなど、まったく信じてはいなかった。いくらCIAの要望といっても、国家の存亡を左右するような重大事に関わることでもない限り、日本の警察が二人を釈放するなどありえないことだと思っていた。
しかしまったく違うところから同じタイミングで同じ内容の連絡が入った――。
本当なら、ここでマイクを始末するつもりでいた。CIAと、ことを構えるのは良い選択とは言えないことはわかっている。が、そんなことも言っていられないほど、フランクは追い詰められていた。
ガリアーノを通じて用意された、出国ルートは最後的な手段だ。もし今日、日本から出ることが出来なかったら、そこでゲームオーバーとなる。日本から出るどころか、すべてが終わってしまうのだ。そんな事にならないためにも、これ以上、マイクに邪魔をさせるわけにはいかなかった。
しかし状況は変わった。マイクは約束を守った可能性が高い。もしそうならば、これは想定外のことだ。一度は手放したが、アンディとジョージを取り戻せるのなら、これほど都合のいいことはない。もちろんマイクを始末することに変わりはないが、出来ることならその前にアンディとジョージは確保したい――。
が、そう思う反面、何かが違う、そんな気がしてならなかった。ガリアーノがマイクの手先になっているとは思わない。ただしっくりしない。敏感になりすぎているだけなのかもしれないが、そんなに簡単なことなのかという思いが燻っている。
そんな疑問を払拭するには、何か保険を掛けるしかない。そして一つはすでに用意した。だがもう一つほしい。保険は多いことに越したことはない。
フランクは車から降りると、一人でフェスティバル会場へ入っていった。駐車場とは違って、会場内は多くの人で賑わっていた。屋台には人が並び、特設ステージではバンド演奏が行われている。
フランクは屋台でコーラを買って、特設ステージ内の椅子に腰掛けた。前の椅子に女の子が二人座っている。一人は日本人で、もう一人は白人だが、白人の女の子は驚くほど流暢な日本語を話している。日本語はわからないが、物珍しさも手伝って、二人の会話に耳をすませていると、その様子に気がついた白人の女の子が、訝しそうな視線をフランクに向けてきた。
フランクは一瞬、まずいと思って、目を逸らしたが、同時に何かが記憶の糸に触れた。
――この二人……。
マリアと薫の妹。確か名前はレイと楓音だったはず。こんなところで、何をしているのだろう。
――だが、使える。これは保険になる。
フランクは一旦、席を立つと、少し離れたところで二人を見張りながら、ジョンとマックスに電話を入れて、すぐに来るよう命じた。
しばらくするとレイと楓音はステージを離れていった。フランクはそのまま二人の後を追った。前の方からジョンとマックスが来るのが見えた。あまり人の目が多いのも良くない。フランクは行くタイミングを待った。
――いまだ!
フランクはジョンとマックスに目で合図を送ると、小走りでレイと楓音に駆け寄った。
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